WEB広報・会員ニュース

理事長所感:AIと数学 ― 新たな可能性と課題 ―

近年、人工知能(AI)は急速に進歩し、社会に大きな影響を与えています。数学研究においても、ミレニアム懸賞問題の一つである Navier–Stokes 方程式の存在と滑らかさに関する問題について、滑らかな外力を与えても有限時間に特異点が形成される様な解が存在することが、AIを用いて提示されました。さらに、2026年10月6日には、OpenAIが未解決問題に関する成果を含む多数の数学的文書を公開しました。これらの成果の妥当性や数学的意義については今後の検証と評価が必要ですが、こうした動きは、AIが数学研究に大きな変化をもたらしつつあることを示しています。

数学は、問題の解決や新たな構造の発見、理論の構築を通じて発展してきました。そうした成果から新たな問いや理論が生まれ、既存の理論が深まり、ときには従来の枠組みを超える発展へとつながってきました。AIの発展によって研究の方法が変わっても、こうした営みは続いていくでしょう。AIもまた、この歩みを支える新たな道具の一つと捉えることができます。

AIの発展に伴い、数学者に求められる役割も変化していく可能性があります。何を問うべきかを考えること、得られた結果の数学的な意味を理解し、そこから新しい理論や問題を作り出すこと、さらに数学的な知見を他の学問分野や社会の課題と結びつけることなど、数学者がこれまで担ってきた役割は、今後いっそう重要になると考えられます。また、数学的な知見や思考を生かす場が、さまざまな分野で広がっていくことも期待されます。

一方で、AIの利用には慎重に考えるべき課題もあります。数学研究における学問的誠実性と信頼性を守り、人間による深い数学的理解を重視することは、引き続き重要だと考えます。AIが提示する数学的な主張や証明が常に正しいとは限らず、その妥当性を十分に検証することが不可欠です。また、AIを利用した研究においても、研究過程の透明性や第三者による検証可能性を確保し、既存研究を適切に評価・引用するとともに、研究成果への貢献や責任の所在を明確にすることが重要です。こうした原則を踏まえ、AI利用の開示のあり方や、著作権や研究倫理をめぐる課題への対応についても、十分な議論が必要です。

数学教育においても、AIの活用と、人間自身が考える力を育てることをどのように両立させていくかは、重要な課題です。とりわけ、大学院教育や若手研究者の育成においては、数学を深く理解し、自ら問いを立て、試行錯誤を重ねる力を育むことを大切にしながら、AIの新たな可能性を生かしていくことが求められます。

日本数学会においても、こうした基本理念を共有しながら、AIと数学をめぐるさまざまな経験や考え方を持ち寄り、研究、教育、出版など、多様な観点から議論を重ねていくことが大切だと考えています。

AIという道具を適切に用い、その力を人間の数学的な思考や創造性と結びつけることで、数学がさらに豊かに発展するとともに、その知見や考え方がさまざまな分野で広く活用されていくことを期待しています。

2026年10月16日
日本数学会理事長 石毛 和弘