第5回(2006年度)解析学賞

受賞者

業績題目

小沢登高(東京大学大学院数理科学研究科)

$II_1$-型因子環の構造解析

木上淳(京都大学大学院情報学研究科)

フラクタル上の解析学の基礎付け

吉田朋広(東京大学大学院数理科学研究科)

確率過程に対する漸近展開理論,統計推測理論の研究とその応用

【選考委員会構成】
赤平昌文,河東泰之,小林和夫,佐藤宏樹,中尾愼宏(委員長),二木昭人(委員会担当理事),舟木直久,柳田英二


受賞者

吉田朋広(東京大学大学院数理科学研究科)

業績題目

確率過程に対する漸近展開理論,統計推測理論の研究とその応用

受賞理由

統計的推測理論において,漸近解析は統計量の分布の精密な近似を与える方法で,多くの分野の理論的基礎になっている.特に,1970年代の後半から,漸近展開に基づく高次漸近理論は独立観測,時系列の場合に大きく発展したが,確率過程に対する漸近展開は1980年代の Götze-Hipp らのミキシングマルコフチェインに関する結果が知られているだけで,未開拓の領域であった.
吉田氏は,1990年代以降の一連の研究において,連続時間確率過程の汎関数に対する分布の漸近展開の3つの原理,すなわち,スモール $\sigma$-理論,マルチンゲールの漸近展開,ミキシング過程の漸近展開を提唱し,発展させた.そして,Malliavin 解析によって,マルチンゲールおよびミキシング $\epsilon$-マルコフ過程に対する漸近展開,すなわち高次極限定理を確立し,確率微分方程式などの非線形時系列に対する高次統計推測理論を展開した.特に,漸近展開では,確率変数の分布の滑らかさとして独立観測の場合に Cramér 条件が用いられるが、連続時間確率過程においてそれに対応する条件が汎関数の Malliavin 共分散の局所的な非退化性であることを示し,その容易な検証法も示した.
また,2つの拡散過程においてその共分散構造の推定はファイナンスデータ解析の基本的な問題であるが,データの修正を一切行わない非同期共分散推定法を林高樹氏とともに提案し,その推定量の漸近的性質も示した.さらに,漸近的方法によるオプション評価法をも提案し,それはファイナンスの分野において実用面でその威力を発揮している.
以上のように吉田氏の研究は,理論から応用まで多岐にわたり,特に統計的推測を確率過程に深く浸透させた意義は大きく,またその優れた成果は国際的にも高く評価されており,同氏の業績はまことに解析学賞にふさわしい.