冪零リー群の表現論は,正準交換関係を通し量子力学の基礎を与え,Weil 表現を定義し保型形式の表現論的枠組とも深く関る.
業績題目にある冪零リー群における可換性予想とは,単項表現と呼ばれる部分群の1次元表現からの誘導表現の,既約分解における有限重複度性と不変微分作用素環の可換性の同値性を主張するものである.1992年に Corwin-Greenleaf が前者から後者が導かれることを示し,この逆の成立,即ち同値性を予想として提出した.予想が正しければ,ルート系や極大コンパクト群などの豊かな構造がある半単純リー群に比べ,構造論的にやや貧弱な冪零リー群の枠組でも,たとえばリーマン対称空間上の解析学のような豊かな世界が構築できることを強く示唆する点で,成立が大いに期待されていた.
そのようななか,藤原氏は G.Lion,B.Magneron,S.Mehdi 氏とともにこれを肯定的に解決した.さらに,表現の部分群への制限に対し,可換性予想の“双対”が成立することを A.Baklouti 氏との共同研究で明らかにした.単項表現の超関数の空間での分解は,Penney-Fujiwara の Plancherel 公式として既に有名であるが,これは冪零および可解リー群の等質空間上の解析学に対する同氏の研究の一貫した礎である.その意味で,予想の解決は,単発的ではなく極めて自然な流れにあった.事実,解決が現実性をおびるまでの同氏の10年余りの歳月は,冪零リー群,さらに指数型可解リー群のユニタリ表現の「軌道の方法」を用いた幾何学的な構造解析に捧げられている.このことが共同研究が実った最大の理由であり,同氏なくしては今回の成功はありえない.さらにこの成果は冪零リー群における Frobenius 相互律の研究や不変微分作用素環の多項式予想への足がかりも与えた.ややもすれば玉石混交なこれらの群の表現論において,このように輝きを秘めた玉を取り出した功績は非常に高く評価されるものであり,解析学賞の受賞にふさわしい. |