第20回(2021年度)解析学賞

受賞者

業績題目

加藤賢悟(コーネル大学統計学データサイエンス学科)

高次元統計学におけるガウスおよびブートストラップ近似理論

香取眞理(中央大学理工学部)

統計力学と関連する無限粒子系の研究

高橋太(大阪市立大学大学院理学研究科)

Hardy 型不等式の精密化および非線形楕円型方程式の漸近解析

【選考委員会構成】
長田博文(委員長),織田寛,隠居良行,田中和永,濱田英隆,増田弘毅,森藤紳哉,森脇淳(委員会担当理事)


受賞者

香取眞理(中央大学理工学部)

業績題目

統計力学と関連する無限粒子系の研究

受賞理由

確率論は長い歴史を持ち,90年代には数理ファイナンスへの応用で脚光を浴びた.しかし,確率論がフィールズ賞の対象となったのは最近のことで,2006年の WernerSchramm-Loewner EvolutionSLE)を契機とする.以来,確率論および関連分野で4件の受賞があったが,それらはすべて統計物理モデルと関係する.香取眞理氏は,ランダム行列,Schramn-Loewner evolutionSLE),Gauss 自由場,行列式点過程など,統計力学の華やかなモデルを,Dyson ブラウン運動を核として研究している.
研究の源流は2000年代にみられる.当時,種村氏と共同で非衝突過程の構成とランダム行列理論との関連を明らかにした.その時代は,粒子数有限の系を取り扱った後に粒子数が無限となる極限を考えるのが通常であったが,彼らは最初から無限粒子系を扱うことの重要性を認識し,実際に無限粒子の非平衡 Dyson Brown 運動を構成した.この仕事の影響は大きく,香取氏は2011年には,Les Houches において“Symmetries and Structures of Matrix-Valued Stochastic Processes and Noncolliding Diffusion Processes”と題する10時間の連続講義を行なった.
2010年代には,楕円型行列式過程の導入,Dunkel 過程の性質の解明,Dyson モデルに対する流体力学極限の議論等を行い,2016年に Springer から“Bessel processes, Schramm-Loewner evolution, and the Dyson model”と題する書籍を出版した.この書籍は,題名に含まれる3つのテーマを結ぶユニークな観点を提供するもので,彼の現研究に繋がっている.
一本の SLE を駆動する確率過程として,通常,ブラウン運動が採用される.一方,多重 SLE においてどのような確率過程を駆動関数として選択すべきかは自明ではない.これまで既に共形場理論との対応や統計力学模型からの考察など,いくつかの観点から議論が行われていたが,あまり満足のいくものではなかった.香取氏は越田氏と,近年 SheffieldMiller らが1本の SLE 曲線とガウス自由場との結合系を研究していることに注目し,多重 SLE をガウス自由場と結合させて定常な確率場を構成すると,多重 SLE を駆動する多粒子確率過程が Dyson ブラウン運動として一意に定まることを示した.また香取氏は堀田氏との共同研究においては多重 SLE の流体力学極限に関する結果も得た.
ランダム行列,その発展として行列式点過程に関しても,行列式点過程の楕円関数拡張,円環上の Gauss 型解析関数の零点分布,更に,行列式点過程間の双対性に関する研究など多くの成果をあげている.これらは,解析学賞にふさわしい大変優れた研究業績である.