第19回(2020年度)解析学賞

受賞者

業績題目

二宮広和(明治大学総合数理学部)

特異極限解析による高次元パターンダイナミクスの研究

松本健吾(上越教育大学大学院学校教育研究科)

記号力学系と $C^*$-環の相互関連の研究

宮地秀樹(金沢大学理工学域数物科学類)

タイヒミュラー空間上の複素解析的構造の研究

【選考委員会構成】
隠居良行,神本丈,高信敏,利根川吉廣,廣島文生(委員長),増田弘毅,森脇淳(委員会担当理事),山崎教昭


受賞者

宮地秀樹(金沢大学理工学域数物科学類)

業績題目

タイヒミュラー空間上の複素解析的構造の研究

受賞理由

宮地氏はタイヒミュラー空間上の複素解析的構造の研究において卓越した研究業績を挙げている.タイヒミュラー空間はリーマン面の正則族の普遍変形空間である.そしてそれは多分野に深く関連する重要な研究対象であり,現代数学の一つの大きな源泉となっている.それに関わる研究分野間の関連も大変興味深い重要な研究対象である.例えば,擬等角幾何学(極値的長さ及びタイヒミュラー距離の幾何)と複素解析的側面(小平-Spencer 理論,Ahlfors-Bers 理論)とを結ぶ Royden によるタイヒミュラー距離の特徴付け,複素解析的側面と位相幾何学的側面(Thurston 理論)とを結ぶ Klein 群の分類理論がある.複素解析的には,タイヒミュラー空間を複素ユークリッド空間内の有界領域として実現(Bers 埋め込み)し,その上で関数論を展開することが正統である.しかしそのような研究は長らくの間停滞していた.このような状況で宮地氏は,極値的長さの関数の複素ヘッシアン(Levi 形式)の具体的な公式を与え,それによりタイヒミュラー空間が超擬凸であるという Krushkal の定理を再証明し,また多重複素 Green 関数を決定するなど,タイヒミュラー空間上で多変数複素解析の基礎的な理論を展開するための土台を確立した.さらにはタイヒミュラー空間の Bers 埋め込みの像に対する多重調和測度,ポアソン核の具体的な表示,正則関数の境界値の一つの特徴付け,ポアソン積分の境界挙動の決定など,タイヒミュラー空間の多重ポテンシャル論的な基礎理論を整備した.これらの研究により,特に多重ポテンシャル論を展開する上で基本的な不変量である,多重調和測度とポアソン核のモジュライ理論的(等角不変量)および位相幾何学的意味を完全に解明した.そしてリーマン面にかかるタイヒミュラー空間上の正則関数,多重劣調和関数等の複素解析的不変量を,位相幾何学的立場から統一的に扱うことを可能にした.
以上のように宮地氏の研究業績は,タイヒミュラー空間論に複素解析的な新たな視点を導入し,さらにそれを発展させる画期的なものであり,解析学賞を授与するに真に相応しいものである.