日本数学会ビデオアーカイブ
2015年度日本数学会賞秋季賞
藤原 耕二(京都大学大学院理学研究科)擬ツリー上の群作用の構成
藤原氏は,幾何学的群論の研究においてこれまでいくつもの大きな成果をあげられ,分野を先導する研究者として活躍してこられました.
幾何学的群論とは,離散的無限群に幾何学的な構造を導入することで研究する理論です.1987年にM. グロモフが発表した双曲的群(グロモフ双曲的群) と呼ばれる離散群の研究により,離散群を幾何学的な研究対象と捉え,幾何学的な手法で代数的な諸結果を導きだす研究が飛躍的に進展し, ‘幾何学的群論’と呼ばれる研究分野が誕生しました.群それ自身を研究するのではなく,群が作用する図形として‘ケーリーグラフ’と呼ばれる空間を考え, 語距離による距離空間の幾何学情報を用いて群を深く理解しようというものです.
藤原耕二氏の研究はこの流れの中心をなすものです.例えば,氏による離散群の有界コホモロジーについての一連の研究は非常に高く評価されています. また,P. Papasoglu氏と共同で行った離散群のJSJ分解の研究では,先行結果についていた仮定を取り去り,完全な一般化を行いました. これは,Z. Sela氏の自由群に関するタルスキー予想の解決の一助となりました.
今回,秋季賞授賞理由となった氏の業績は,擬ツリーへの群作用の組織的な構成です.グロモフ双曲的群の中でもっとも簡単な無限群として自由群があります. 自由群のケーリーグラフは系統樹のような形をしており,‘ツリー’と呼ばれています.氏は,M. Bestvina,K. Bromberg両氏と共同で,‘擬ツリー’という, ツリーに擬等長的な距離空間への様々な群の作用の組織的構成法を発見し,これは,発見者の頭文字をとってBBF構成法と呼ばれています.BBF構成では, 測地距離空間の族とその間の射影と呼ばれる写像を与えて,それらがBBF公理を満たすとき,それらの測地距離空間をすべて含むような距離空間を構成します. 元の測地距離空間がグロモフδ双曲的ならば,BBF構成で得られる空間もグロモフ双曲的になります.BBF構成により,双曲群,CAT(0)群,写像類群など, 重要な群の擬ツリーへの作用が構成されます.
この構成法は,強力で多くの応用が期待されています.BBF構成法の応用として, 氏は写像類群がグロモフ双曲的空間の有限個の積に擬等長的に埋め込めることを証明しました.これにより, 幾何群論の主要な問題とされていた写像類群の漸近次元が有限であることが分かりました.これとG. Yuの結果をあわせることで, 既に別の方法により知られていた写像類群が粗バウム・コンヌ予想およびノビコフ予想を満たすことが従います.このようにBBF構成法は非常に革新的であり, 幾何学的群論における一つのブレークスルーを与えました.
日本数学会賞秋季賞を受賞するに相応しいと判断いたし,秋季賞を授賞します.