2007年度日本数学会賞春季賞

2007年度日本数学会賞春季賞

2007年度日本数学会賞春季賞は

中西 賢次氏(京都大学大学院理学研究科・准教授)に
受賞題目:非線形分散型方程式の研究
(英訳:Study of nonlinear dispersive equations)

により授賞されました。

受賞理由

2007年度日本数学会賞春季賞

中西 賢次(京都大学大学院理学研究科)

'非線形分散型方程式の研究'

非線形分散型方程式は, 非線形波動現象を記述するモデル方程式として, 数理物理の様々な分野に現れる最も重要な非線形偏微分方程式のクラスの一つです. たとえば, 非線形シュレディンガー方程式やKdV方程式はその代表例としてよく知られています. 非線形分散型方程式の研究における基本的な問題は, どのような函数空間で解が存在するのか, および, 解の最大存在時間附近で解はどのように振る舞うのかと言うことです. 中西賢次氏は, 後者の問題について優れた研究業績をあげました.

非線形発展方程式に対し, 解の時間無限大での漸近挙動を研究する理論の一つに, 非線形散乱理論があります. 中西氏は1999年に, 非線形クライン・ゴルドン方程式と非線形シュレディンガー方程式に対し, 空間1次元と2次元のとき, エネルギークラスでの非線形散乱理論を構成することに成功しました. エネルギークラスの散乱理論は, 1985年にGinibreとVeloが空間3次元以上の場合に証明して以来の未解決問題でした. エネルギークラスの散乱理論ではMorawetz評価式と呼ばれる不等式が重要な役割を果たします. しかし, 通常のMorawetz評価式は空間3次元以上でしか成立しないため, 空間1次元,2次元の場合は長い間未解決のままでした. 中西氏は, 時空変数混合型のMorawetz評価式を開発し, この困難を克服しました. これを契機として, Morawetz評価式の改良・変形が多くの研究者によって行われるようになり, その後の非線形波動・分散型方程式研究に大きな影響を与えています.

非線形波動・分散型方程式に対しては, 空間無限遠でゼロとなる解を考えることが多いのですが, Gross-Pitaevskii方程式のように空間無限遠でゼロでない境界条件を設定する問題も重要です. 空間無限遠でゼロとなる境界条件の次に単純なものは, 空間無限遠でゼロでない定数解に近づくという境界条件です. 中西氏は,Gustafson氏, Tsai氏との共同研究において, この場合の解の時間無限大での漸近挙動を解析しました. 空間無限遠でゼロでない場合, 無限遠の影響が非線形相互作用に現れ解析は著しく困難になります. 中西氏は, 非線形相互作用に現れる無限遠の影響を差し引いて解析する手法を開発し, この困難を克服しました. その解析方法は, 最近のPatrick Gérard氏によるGross-Pitaevskii方程式に対するエネルギー解の 一意存在証明でも用いられており, この方面の研究においてきわめて重要な役割を果たしています.

非線形偏微分方程式では, 時間発展とともにあるいはパラメータの変化とともに, 解のある量が集約, さらには凝縮することにより, 広い意味での特異性が形成されることがよくあります. このような特異性は解の大域的性質を決定するため, それを解析することが非線形偏微分方程式研究では重要となります. 中西氏は非線形散乱理論の研究で開発した解析方法を, このような特異性の解析に適用しました. たとえば, 非線形シュレディンガー方程式は, プラズマ物理に現れるザハロフ方程式の音波速度が十分大きいときの極限として得られますが, この極限操作は特異極限問題. すなわち, 微分方程式の最高階の導関数を消去する極限操作であるため, その数学的解析は非常に困難でした. 中西氏は,Masmoudi氏との共同研究により, この極限移行の際に生成される特異性をほぼ完全に分類し解析することに成功しました. また, Maxwell-Dirac方程式の初期値問題に対し, エネルギークラスにおける解の一意存在定理を証明しました.

以上述べました中西賢次氏の非線形分散型方程式についての研究業績は, 日本数学会賞春季賞に誠に相応しいものであります.

日本数学会

理事長 小島定吉

 なお表彰式は以下の次第で開催されました。

日時
2007年3月28日14:50--
会場
埼玉大学教養教育棟1号館301番