2005年度日本数学会賞春季賞

2005年度日本数学会賞春季賞

辻 雄(東京大学大学院数理科学研究科)
p進ホッジ理論の研究

p進Hodge理論は,複素数体上の多様体に対するHodge理論のp進体上での類似であり,FaltingsによるMordell予想の証明,WilesによるFermat予想の証明などにおいても,p進Hodge 理論の成果が大きな役割を果した.

通常のHodge理論の基礎となるのは,特異コホモロジーとde Rhamコホモロジーとの同型を与えるde Rhamの定理であるが,p進Hodge 理論の基礎は,p進エタール・コホモロジーとde Rhamあるいはcristallineコホモロジーとの同型を与える比較定理である.辻氏は,Fontaine, Messing, Faltings, 加藤,兵頭らの先行する業績の上に,この比較定理を一般の形で証明した.

比較定理は,Fontaine--Messingが局所体上定義された代数多様体がよい還元をもつときに予想を定式化し,pが多様体の次元より大きいとの仮定のもとで証明し,すぐ後,Faltingsが一般に解決した.ただし,Faltingsの論文には証明の詳細が十分に与えられていないこともあり,彼のp進Hodge理論に関する結果の証明を完全にフォローした専門家はいないようである.ここで使われた `多様体がよい還元をもつ' という条件はかなりきつい制限であり,また,素数pが小さいほど証明は難しく,特に p=2 の場合が最も困難となる.

それからしばらくして,Fontaine--Jannsenが `多様体が準安定還元をもつ' ときに予想を定式化した.この予想が証明されると任意の閉多様体に対する比較定理が従う.この予想は,兵頭--加藤,加藤により,pが次元より大きいという仮定のもとで示されていたが,辻氏は困難とされていた小さいpに対しても予想を証明し,p進Hodge理論の比較定理を任意の閉多様体に対し確立することに成功した.

辻氏が証明した定理は数論幾何学の研究において基本的であり,これを使って様々な研究がなされている.例えば,辻自身も,虚2次体のp進L関数とHecke指標のL関数の特殊値の研究や,基本群の比較定理などの注目すべき成果を挙げている.

このように辻氏の研究は,数論幾何学の研究に著しい進歩をもたらし,日本数学会賞春季賞にふさわしいものである.

日本数学会
理事長 森田 康夫