2025年度日本数学会賞秋季賞

2025年度日本数学会賞秋季賞

利根川吉廣(東京科学大学理学院)
多結晶体における平均曲率流の存在と正則性の研究

利根川吉廣氏はこれまで非線形偏微分方程式,特に平均曲率流方程式の特異点を許す解 (弱解) について,変分解析の立場よりその解の存在や正則性についての基礎理論を構築してきた.平均曲率流方程式は,結晶粒の集合体からなる金属の焼きなまし時の粒界面の動きを記述するために約70年前に導入された幾何学的発展方程式であり,(粒) 界面の総面積を最も減らすように界面を法方向に動かすことを要請する変分構造を持っている.界面が曲面で,空間を2つの部分 (2相) に分ける問題については,さまざまな数学的アプローチが可能であり,その定常解は極小曲面である.しかし,例えば多数のシャボン玉がくっついている状況のように,領域が界面によって複数の領域に区分けされる多相問題では,この法則に従って動く界面の存在や,その正則性を調べることは容易ではない.

利根川氏は,20年位前より,幾何学的測度論に基づいた平均曲率流の弱解の理論に取り組み,大きな成果をあげてきた.このような解は1978年にBrakkeにより構成され,Brakke流と呼ばれていたが一意性はなく,また存在証明も十分とはいえなかった.ヴァリフォードと呼ばれるラドン測度に関する積分不等式で定義されるBrakke流について,利根川氏を中心とするグループがBrakkeの理論を深化させ,多相問題への研究に発展させ,2019年には著書をシュプリンガー社より出版している.これらの業績により福原賞,日本数学会解析学賞を受賞している.

利根川氏は,これらの成果を基に近年多相問題の解析において,秋季賞の対象となる画期的な成果をあげている.例えば,多相問題では,平均曲率流方程式だけでは,複数の相が交わる部分の動きは定まらない.しかし,Brakke流では交わり部分で,自然な境界条件が現れることが予想されていた.平面内の問題では,3重点での3つの界面 (曲線) のなす角度は120°となるというものである.利根川氏は,構成したBrakke流についてこの角度値が期待できる値になっていることをKim氏との共同研究にて厳密に示した.これは利根川氏が構築したBrakke流が期待される性質を持ち,多相問題の解析に極めて有用であることを示している.

Brakke流は解の一意性がないため,場合によっては意味のないものを拾っている可能性がある.利根川氏とStuvard氏は共同で,物理的に期待される性質,例えば各相の体積の時間変化率がその境界の測度論的平均曲率の積分値になっているようなBrakke流を構成し,標準的Brakke流と呼んでいる.これが他の概念で作られた解と一定条件の下で一致することを証明している.

その他Brakke流がある点である程度平坦ならば,微分がヘルダー連続となる関数のグラフで表されることを示す正則性定理をStuvard氏との共同研究により示している.

利根川氏は,さまざまな共同研究だけではなく高棹圭介氏 (京都大学),可香谷隆氏 (室蘭工業大学) 等の優れた後進も育成されている.また,国際的にも高く評価され,多数の研究会に基調講演者として招聘されるだけでなく,国際学術雑誌のCalculus of Variations and Partial Differential Equations, Advances in Calculus of Variationsの編集委員を務めている.またKodai Mathematical Journalの編集長を長く務め,変分解析を通しての数学研究全体の発展にも貢献している.

以上見てきたように,最近の利根川氏の研究成果は,長く残る業績であり,また後進が今後研究するうえでの礎となるものである.2025年度日本数学会賞秋季賞にふさわしい優れた業績である.

日本数学会
理事長 石毛 和弘