2011年度日本数学会賞春季賞

2011年度日本数学会賞春季賞

志甫 淳(東京大学大学院数理科学研究科)
数論幾何学におけるp進コホモロジーとp進基本群の研究

志甫淳さんは、数論幾何学におけるp進コホモロジーおよび p進基本群の研究で, 世界的な研究成果をあげています. 標数p>0の代数多様体のp進コホモロジーは、 Weil予想の証明を一つの動機 として1960--70年代に導入されました。 p進コホモロジーは、 ℓ進コホモロジーに比べ 困難が大きく、 多くの研究者の努力にも関わらず 理論の発展が大きく遅れていました。 志甫さんは、p進基本群の研究を きっかけにp進コホモロジーの研究に進み、 リジッド・コホモロジーの有限性の研究や 志甫予想の提出など、 この分野の研究で中心的な役割をはたし、 現在ほぼ完成に 近づきつつある p進コホモロジーの 基礎理論の建設に大きく貢献しました。

数論的基本群は, 1980年代のRiemannゼータ関数の 特殊値と結びついた研究以来, コホモロジーとならんで 数論幾何の重要な研究対象です. 日本でも,多くの人による優れた研究があります. 代数多様体のコホモロジーには 複素多様体としての特異コホモロジー, 代数的な微分形式で定義される de Rhamコホモロジーなど 専門家以外にも比較的なじみ 深いもののほかにもいろいろなものがあります. 有名なものとしては, Grothendieckによって導入され Weil予想の解決へとつながった ℓ進コホモロジーや クリスタリン・コホモロジーがあります. このなかで,志甫さんの主要な研究対象と なっているのが, 標数p>0の体上の代数多様体に対して 定義されるクリスタリン・コホモロジーを はじめとするp進コホモロジーで, こちらも,多くの人による優れた研究があります.

標数p>0の多様体では、 位相多様体のような整数係数のよいコホモロジー理論は存在しえないため、 標数とたがいに素な部分を扱う ℓ進コホモロジーと 標数巾の部分を扱うp進コホモロジーの 両方を扱う必要があります。 ℓ進コホモロジーは 被覆を用いて定義され 特異コホモロジーに類似し、 p進コホモロジーは 微分形式とつながりが深く de Rhamコホモロジーと似ています。 ℓ進コホモロジーの基礎理論は 1960年代にはほぼ完成したのに対し、 p進コホモロジーの理論には 大きな困難がありました。

上のような コホモロジー理論 はいずれも孤立したものではなく, たがいに比較同形とよばれる 同形で結びついています. Grothendieckは, なぜこのようにいろいろな コホモロジー理論があり しかもそれらが相補うように 結びつきあっているのかと 自問し, それらを統一するモティーフ という視点を提唱しました. Deligneは, 射影直線から3点をのぞいたもの の基本群と Riemannゼータ関数の 整数点での値の関係についての 研究のなかで, 基本群についても コホモロジーと同じく モティーフの視点が有効であることを 主張しました. これが, 代数的基本群に関する 志甫さんの研究の出発点と なりました.

数論幾何では, 整数環上定義された多様体を 調べるときに, それを素数pを法として 還元して得られる 有限体上の多様体を考えるのが 基本的方法です. 標数pの環では p乗写像が環の準同形となる ので, コホモロジーや基本群に Frobeniusとよばれる 作用素が定まります.

標数0の代数多様体に対しては, それを複素多様体と考えることで 基本群が位相幾何的に定義されますが, それを定義体上の 射影巾単代数群として 「完備化」したものは, 巾零可積分接続のなす 淡中圏の基本群として代数的に 定義できます. これを巾単de Rham基本群とよびます. 法p還元を考えると, このde Rham基本群を p進体へ係数拡大したものには, Frobeniusの作用が定まるはずです. 実際, Deligneはこれを定義したのですが, その定義は理論的に 満足のいくものとは いえませんでした.

志甫さんの最初の業績は, クリスタリン基本群とよばれる, Frobeniusの自然な作用をもつ de Rham基本群の類似物を やはりある種の淡中圏の 基本群として構成し, さらに クリスタリン基本群と de Rham基本群の比較同形を 構成するという, 理論的に十分満足できる 形にしあげるものでした. そして, この比較同形の構成が, その後の発展への道を 開くものとなりました. クリスタリン基本群と de Rham基本群の比較同形は, BerthelotとOgusによって 構成されていた クリスタリン・コホモロジーと de Rhamコホモロジーの 比較同形の類似です. コホモロジーの 比較同形と同様に, 収束サイトという 両者をつなぐ中間的な ものを考えることで, 比較同形が構成されました.

代数的基本群や コホモロジーの研究では, コンパクトな多様体だけでなく 開多様体を 扱うことが重要です. クリスタリン基本群の構成では, 開多様体のコンパクト化をとり, それをlogスキームと考えることで, 開多様体を扱います. すると, これがコンパクト化によらないことを 示すことが, 自然に問題となります. Berthelotはp進解析的な方法で, 正標数の多様体に対しその リジッド・コホモロジー というものを構成していました. これはコンパクト化によらない という利点はあるものの, 有限性などの基本的な 性質が示すことが難しく, この解決が90年代には p進コホモロジー の中心的な問題となりました.

志甫さんは, ここでも上記の収束サイト を用いることで, クリスタリン・コホモロジーと リジッド・コホモロジーの 比較同形を構成し, この問題を解決しました. クリスタリン・コホモロジーは 有限性をみたし, リジッド・コホモロジーは コンパクト化によらない という相補いあう性質 を比較同形で結びつけることにより, クリスタリン・コホモロジーが コンパクト化によらないことと リジッド・コホモロジーの 有限性を同時に 示すことができたのです. 志甫さんは,さらに研究を進め, 最近の未出版の論文では, 相対的な状況で リジッド・コホモロジーの 有限性についてのBerthelot予想を ほぼ満足のいく形で証明しています.

この方法を, 定数層の場合だけでなく 係数つきの場合に 適用しようとすると 次のような問題に導かれます. リジッド・コホモロジーでは, 係数層として 過収束クリスタルとよばれる ものを扱いますが, これに上の方法を適用するためには, もとの多様体をうまく有限次 被覆でおきかえさらにブローアップをくりかえすと この過収束クリスタルが 境界にそってlogの特異性しか もたないことが示せるか, が問題になります. これは, 正標数における特異点解消の 代用品としてde Jongが 導入したオルタレーション のp進層的な類似であり, ℓ進表現に対する Grothendieckのモノドロミー定理の p進類似でもあります. この志甫予想は, 過収束クリスタルに関する 基本的な問題として, この分野の多くの研究者の 目標となりました. Kedlayaが最近これを 解決したということのようですが, その検証にはもう少し時間がかかりそうです.

このほか, 開多様体のコホモロジーについての 最近の研究では, 過収束クリスタルの log特異性についての 余次元1での純性や, クリスタルの 過収束性やlog特異性についての 曲線に制限する判定法も 証明しています. また, 最近出版された 中島幸喜氏と共著のSpringerレクチャー・ノートでは, logスキームの新しい視点から, 開うめこみのLerayスペクトル 系列が組織的に研究されています.

このように, 志甫さんの 数論幾何学における p進コホモロジーと p進基本群の研究は, 数論幾何の中心的かつ 困難な問題にとりくみ, 基礎理論の構築に大きく 貢献したものです. 日本数学会賞春季賞を 受賞するにたいへんふさわしい 業績です.

日本数学会
理事長 坪井 俊