2012年度日本数学会賞春季賞

2012年度日本数学会賞春季賞

太田慎一(京都大学大学院理学研究科)
測度距離空間・フィンスラー多様体上の幾何解析

ユークリッド空間の領域あるいはリーマン多様体という曲がった空間の 研究には長い歴史がある.空間の幾何学にはその空間上の関数や その空間を定義域あるいは値域とする写像を調べることが必要であり, また,解析学を進める上でその空間の幾何を知ることは欠かせない. これまで扱われてきた空間のみではなく,測度距離空間の幾何学,解析学 が近年活発に研究されるようになった.曲率や直径が押さえられた リーマン多様体の族の極限にアレクサンドロフ空間と呼ばれる距離空間が 現れることなどから,アレクサンドロフ空間の幾何学の研究が進められ アレクサンドロフ空間そのものが興味の対象となってきた.

解析的な研究をするためには距離構造のみではなく,測度も入っている 測度距離空間を研究の舞台にすることが自然である.

また,‘ある場所で掘り出した土を別の場所にコストを最小に移すには どうするのがよいか’を問うモンジュ--カントロヴィチの 最適輸送問題に関連して,然るべき確率測度のなす集合に距離の入った ヴァッサーシュタイン空間が重要な役割を果たしている. N 次元(以下の)リーマン多様体のリッチ曲率が 一定値以上であるという条件が そのリーマン多様体に付随したヴァッサーシュタイン空間の上に定義される 相対エントロピー関数の凸性の度合いを知ることと同値であるなどの研究成果が Lott--Villani, Sturm たちにより得られ,その概念はリーマン多様体の 範囲を超えて測度距離空間に対しても定義されることとなった.

こうした中で,太田慎一氏は測度距離空間の幾何学,解析学の研究を進められ, 大変優れた研究業績を挙げられている.アレクサンドロフ空間上での ヴァッサーシュタイン空間の研究や,リーマン多様体の範囲を超えて フィンスラー多様体に対してこれらの概念を定式化するなどの成果をあげ, それまで得られていたすべての結果を拡張している. Strum 氏とのフィンスラー多様体上のラプラシアン(リーマン多様体の場合と 異なり非線形性を持つ)や熱方程式の研究,アレクサンドロフ空間の ヴァッサーシュタイン空間上の相対エントロピーの勾配流の構成,更には 最近の Gigli 氏,桑田和正氏との共同研究ではアレクサンドロフ空間上の熱方程式流と 相対エントロピーの勾配流が一致するという著しい成果を得ている. これにより熱核のリプシッツ連続性が直ちに従うなど強力な結果である. このように太田氏は測度距離空間の幾何解析の進展に大きく貢献されている.

以上の説明にありますように,太田慎一氏の業績は日本数学会春季賞にまことに相応しい業績です.

日本数学会
理事長 宮岡 洋一