2019年度日本数学会賞秋季賞

2019年度日本数学会賞秋季賞

小川卓克(東北大学大学院理学研究科)
非線型発展方程式における臨界構造の研究

藤田方程式,ナビエ・ストークス方程式系に代表される消散型偏微分方程式や非線型シュレディンガー方程式に代表される分散型偏微分方程式は, 線型偏微分作用素から定まる時空の伸長構造と非線型相互作用から定まる冪乗則の両立条件としての尺度則に従う非線型発展方程式である. これらの非線型発展方程式の初期値問題を,ユークリッド空間上のソボレフ空間など函数の微分可能性を特徴づける階数をもったバナッハ空間において論じる際, 空間次元n,微分可能性を表す階数s ,冪乗則を表すpとの三者で特徴づけられる臨界性の概念が極めて重要な指標となる. 臨界性に関する藤田・加藤の原理の発見以来,60年にわたるこの分野の発展の成果として,劣臨界の場合は一般論が完成の域にあり, 臨界の場合は登場するバナッハ空間のノルムが小さいという仮定の下では,ほぼ完全な理解に達している. しかし,その仮定を外した状況では,数多くの未解決問題が残されているのが現状である. 臨界においては,方程式の尺度則は保たれたままであるが,解の可微分性や可積分性が失われる様々な例が知られている. これは,衝撃波の発生,波やプラズマの崩壊,物質の安定性の破綻などの物理現象を記述したものであるが, ソボレフの埋蔵不等式やコンパクト性の破綻に直結した数学的現象の反映でもあり, 臨界において初めて出現する極めて興味深い研究対象である. その背景には,積分の対数的収束・発散性のように, 時空の伸長構造と冪乗則の尺度則では説明出来ない可微分性や可積分性の数学的構造が横たわっている.

このような世界的研究動向の中,小川氏は臨界の解析に有効な臨界不等式の考案や, 配位空間および運動量空間の二進分解に伴う級数の総和性に着目した統一的解析手法の導入により, 臨界構造の本質を衝く研究業績を挙げ,一般論では到達不可能な未知の領域に揺るぎない基礎を築いた.

空間2次元で2次相互作用をもつシュレディンガー連立系は,時間可積分性の破綻するバラブ・小澤臨界であるが, 単独系では現れないチャージの遷移現象を見出し,その数学的機構を質量共鳴の枠組で明らかにした. また,清水氏との共同研究によって,2階楕円型偏微分作用素の生成する正則半群に対して, 区間上で定義された非反射的バナッハ空間値可積分函数全体の成すバナッハ空間に対する最大正則性原理を証明した. これは,半線型発展方程式のみならず,放物型の線型理論の根源を問い,その基礎の再構築を迫る業績である. さらに,空間2次元のケラー・ジーゲル系および移流拡散系はソボレフ臨界と共に藤田臨界でもあるが, 永井氏との共同研究によって,新しいトゥルディンガー・モーザー型不等式を確立し, 永年の臨界8π問題が,解の時間大域存在の側に在ると証明し,その解決を与えたことの意義は大きい.

以上のように,小川卓克氏の業績は日本数学会賞秋季賞に誠に相応しいものである.

日本数学会
理事長 寺杣 友秀