2002年度日本数学会賞秋季賞

2002年度日本数学会賞秋季賞

西浦廉政(北海道大学電子科学研究所)
反応拡散系のパターンダイナミクスの研究

反応拡散系は非線形連立偏微分方程式のシステムのひとつのカテゴリーですが,流体力学や物性物理学のみならず,数理生物学,生態学,化学反応理論などに現れる現象のモデルとして発展してきました.その魅力のひとつに,『一見すると単純そうに見えるモデル方程式が人間の想像を超えるくらいに複雑な現象を記述できる』ということがあげられます.そのために反応拡散系は数学者,物理学者,生物学者,化学者が一堂に会して知恵を競い合う舞台となっています.

西浦氏はまず,O(2) 対称性がある場合に2重固有値の周りで発生する定常解の分岐構造の分類を,藤井宏氏,三村昌泰氏と共に行い,さらに拡散係数がゼロに近づくときの特異摂動定常解の解の安定性を決定するSLEP法 (Singular Limit Eigenvalue Problems) を開発されるなど,反応拡散系の世界で独自の領域を開拓し,早くから内外の注目を集めてきました.

こうした研究は,どちらかといえばきれいな数学的理論の構築にかかわるものですが,その後,西浦氏の研究は,より複雑で一見すると数学者がかかわるべきとは思えないような物理現象に向かいました.その研究のキーワードは『時空スケールの分離と統合』であります.複雑な現象のうちで,取り扱いの比較的容易な素過程を分離・モデル化し,これらを統合することによって元の現象の良い近似解を得ることが可能になります.西浦氏はこうした考えを使って,ある種の遷移現象の数学的記述に成功しました.ここで遷移現象とは `ある程度の時間,継続して観測されるが,最終的には消えてしまう現象' のことで,西浦氏は『うつろひゆくもの』と呼んでおられます.

遷移現象というものが極めて重要な研究対象であるという認識は最近10年ほどの間に定着していましたが,遷移現象は十分に時間がたてば消えてしまうという意味で決して力学系のアトラクターになり得ないもので,これまでは,数値実験の対象となり得ても数学の対象にはならないものと思われてきました.しかし,西浦氏はある種の遷移現象では力学系の理論が使えるという,一見すると逆説的な事実を発見し,力学系理論や非線形偏微分方程式論の専門家を驚かせました.

西浦氏は,数学の応用範囲を本質的に広げ,その研究は数学以外の研究者にも大きな影響を与えつつあります.このように同氏の研究業績は顕著なものであり,2002年度日本数学会賞秋季賞を授与するにふさわしいものであります.

日本数学会
理事長 楠岡 成雄