2025年度日本数学会賞春季賞

2025年度日本数学会賞春季賞

今野北斗(東京大学大学院数理科学研究科)
族のゲージ理論と4次元トポロジーへの応用

4次元トポロジーの特異性は,1980年代に ‘4次元でのみ,ひとつの位相閉多様体上に可微分構造が無限個存在し得る’ という形で認識されました.しかし,微分同相群と関連する重要な命題の中には,高次元では成立するものの4次元では成立しない現象が見られます.こうした現象は,1998年頃のRubermanの先駆的な研究とその後の散発的な結果を経て,2010年代後半からの今野氏による族のゲージ理論の体系的な展開を原動力として注目されるようになり,現在は活発な研究分野となっています.

今野氏の業績の中で,高次元トポロジーとは顕著なコントラストを成す重要な結果を以下に示します.

1 微分同相群に関わる無限生成性

4次元以外の次元では,任意の単連結可微分閉多様体 𝑋 の微分同相群の分類空間の任意の次数 𝑘 のホモロジー 𝐻𝑘(𝐵Diff(𝑋);ℤ) は有限生成であると予想され,実際,偶数次元 (≥6) ではその成立が知られています.しかし,4次元ではこの予想が成立しないことを,今野氏は次の強い形で示しました (2023):

‘各 𝑘≥1 に対して,𝐻𝑘(𝐵Diff(𝑋𝑘);ℤ) が有限生成でない単連結4次元閉多様体 𝑋𝑘 が存在する.’

さらに,5次元以上の単連結閉多様体 𝑋 に対して写像類群 (すなわち 𝜋0(Diff(𝑋))) が有限生成であることが知られていましたが,今野氏は 𝑘=1 の場合に写像類群 𝜋0(Diff(𝑋1)) の無限生成性を示しました.なお,4次元位相多様体のカテゴリーでは単連結な場合の写像類群は有限生成であることが知られており,今野氏の結果は4次元における 𝐶0 と 𝐶 の差異の新たな側面を明らかにするものです.なお,同時期にBaraglia氏も独立に同様の結果を得ています.

2 微分同相群の分類空間 𝐵Diff(𝑋) のホモロジーの非安定性

2次元トポロジーにおいて,有向閉曲面の写像類群に関する ‘Harerの安定性’ (1985) はよく知られています.その高次元版に相当する安定性は,4次元以外の偶数次元 2𝑛 においてGalatius,Randal-Williams (2018) によって示されました.しかし,4次元ではこの命題が成立しないことを,今野氏はJ. Linとの共著論文 (2022) において次の強い形で示しました:

‘任意の単連結4次元閉多様体と任意の次数について,多様体のモジュライ空間のホモロジーは非安定的である.’

3 エキゾチックなDehnツイスト

Dehnツイストは2次元トポロジーにおける微分同相群の具体的な要素の構成法です.4次元トポロジーにおいて,その4次元版がエキゾチックな微分同相であり得ること (𝐶0 の写像類群の中では自明だが,𝐶 の写像類群の中では非自明である) が示され,大きな驚きをもって受け止められました.この現象の最初の具体例として,Kronheimer–Mrowka (2020) は 𝐾3#𝐾3 に対する例を示しました.彼らの証明のポイントは,今野氏がBaraglia氏と共同研究 (2022) で示した ‘ホモトピー 𝐾3 曲面のスピンな族に同伴する 𝐻+ 束はスピン構造を持つ’ という結果のある帰結でした.

今野氏自身は,谷口正樹,Mallick,Lin,Mukherjee,Muñoz-Echánizらとの共同研究において,4次元境界付き多様体のDehnツイストのエキゾチック性を複数の状況で示し (2023),さらに ‘ある可縮な4次元コンパクト多様体上のエキゾチックな微分同相で,内部に埋め込まれたどんな円板にもサポートが局所化しないものの存在’ を示しました (2024).このような現象は6次元以上では生じないことが知られています (Galatius,Randal-Williams (2023)).

その他にも,2次元で成立する有限群に対するNielsen実現問題が4次元では成立しない例 (2024) も,他次元との対比を重視する今野氏の研究姿勢をよく表す結果です.

今野氏のこれらの成果における基本的な道具は,同氏が学位論文 (2019) で構成したゲージ理論的特性類です.さらに,今野氏は他の共同研究として,4次元多様体のエキゾチックな族 (中村信裕,加藤毅 (2023)),滑らかになれない局所線形群作用 (宮澤仁,谷口正樹 (2024)),4次元多様体への 𝑆3 のエキゾチックな埋め込み (飯田暢生,谷口正樹,Mukherjee (2025)) に関する成果,またトポロジーにとどまらず4次元特有の微分幾何学的な結果 (谷口正樹 (2020)) も得ています.

以上のような今野氏の4次元トポロジーにおける深く広い業績は,2025年度日本数学会賞春季賞にふさわしいものです.

日本数学会
理事長 鎌田 聖一