2010年度日本数学会賞秋季賞

2010年度日本数学会賞秋季賞

泉 正己(京都大学大学院理学研究科)
作用素環と非可換解析学

泉正己氏は作用素環論の幅広い分野にわたって活躍しておられ,その洞察力,すぐれたアイディア,関数解析から組み合わせ論にわたる高度の技巧により,作用素環と非可換解析学に多大な貢献をされました.

泉正己氏の結果で,彼の名を世に知らしめたのはJonesのsubfactor理論における成果であります.1990年ごろは多くの有名な主張の証明が不明なままでしたが,泉氏は,そのあるものには明快な証明を与え,あるものにはより強い結果を証明し,またあるものについては間違っていることを明らかにしました.1991年に書かれた修士論文は,今もこの分野の根本的な文献です.その後もこの分野の研究を続けられており,Haagerup subfactor の新しい構成とその一般化,それに基づく quantum double の計算,また量子 Galois 対応など有名な結果を数多く示されました.また,これらの理論をC*-環と部分環の理論に拡張され,K-理論との関係など多くの深く意外な結果をもたらされました.また,Woronowicz によって導入された作用素環的量子群の研究からPoisson 境界の非可換版にあたる概念を導入し,確率論的アプローチの導入によりそれまで計算困難だった作用素環の不変量の計算を強力に推し進められました.

最近では,Hilbert 空間の上の有界線形作用素全体のなす環について一径数自己準同型半群の研究を行われ,新しい例の構成とそれらを区別する不変量の計算を実行されました.一径数自己同型群の場合は古くからよくわかっていましたが,自己準同型にすると一気に複雑になり新しい現象が次々生じます.この理論はPowers, Arveson らによって発展させられてきましたが,泉氏は関数解析のきわめて高度なテクニックによってこの分野に大きな進歩をもたらされました.

特に,最近精力的に研究を進めておられるのは,C*-環上の離散群の作用の分類理論です.近似的有限次元の von Neumann 環の場合は,離散従順群の作用をコサイクル共役で分類する問題はConnes 以来の多くの人の努力によって完成しています. C*-環でも同様の分類理論を作りたいというのは自然な考えですが,次々と技術的難関が現れ何が正しいステートメントなのか予想することも困難でした.泉氏は,岸本氏の一連の研究をさらに進め多くの決定的な分類定理を得られました.これは,Rohlin 条件と呼ばれるものを満たす作用の特徴づけが重要な役割を果たしていることを用いて得られたものです.

上記の研究テーマは相互にかなり異なったものでありますが,泉氏は,作用素環と非可換解析学にかかわる,これだけのさまざまなテーマについて一流の成果を挙げてこられました.その成果は,今後も作用素環論に長く深い影響をもたらし続けるもので,日本数学会賞秋季賞にふさわしいものです.

日本数学会
理事長 坪井 俊