2010年度日本数学会賞春季賞

2010年度日本数学会賞春季賞

伊山 修(名古屋大学大学院多元数理科学研究科)
多元環およびCohen-Macaulay 加群の表現に関する研究

伊山修氏は,多元環および整環の表現論から出発して Cohen-Macaulay 加群の表現論の分野においてきわめて斬新なアイデアを提供し,幾多の未解決問題を解決してきています.彼の提供したアイデアのうちで際立ったものを挙げるとすると,‘削除理論’と‘高次元 Auslander-Reiten 理論’であります. 削除理論とは,整環とその拡大整環の表現を比較する理論です. Bass整環の理論で重要な役割を果たしたこの概念を,彼は,概分裂完全列を有する加法圏において τ-圏という形で公理化して,τ-圏における削除理論を与え,応用として有限表現型整環のAuslander-Reiten quiverの組み合わせ的特徴付けを与えました. そして,削除理論の一つの応用として,中山予想を初めとする一連のホモロジー代数の未解決問題の一つであった‘有限次元多元環の表現次元の有限性’を証明しました. これは削除理論の準遺伝環への応用と捉えることもできますが,その副産物として,整環のSolomon zeta関数に関する‘Solomon予想’の解決も同時に得ています.

整環の表現論においては,加群圏上の関手圏が中心的な役割を果たしますが,それはAuslander多元環上の加群圏の一般化と捉えることもできます. Auslander-Reiten理論とは,Auslander多元環へのホモロジー代数的考察を,より一般の加群圏に対して展開したものです. Auslander多元環は,大域次元と支配次元がともに2である事で特徴付けられるため,より高い大域次元と支配次元の多元環(高次Auslander多元環)に対応する加群圏の考察は,Auslanderによる表現次元を初めとして1970年代にさかのぼる問題ですが,適当な定式化が知られていませんでした. 伊山氏は,それらの加群圏を,極大直交部分圏(クラスター傾斜部分圏)として定式化し,Auslander-Reiten双対性や概分裂完全列,商特異点上の極大直交部分圏,等を与え,高次Auslander-Reiten理論として提唱しました. 彼の高次Auslander-Reiten理論は,Fomin-Zelevinskyのクラスター多元環に端を発する Buan-Marsh-Reineke-Reiten-Todorov,Geiss-Leclerc-Schröerらによるクラスター傾斜理論(3次Auslander-Reiten理論)を含むものです. I.Reiten 氏との共同研究では,高次Auslander多元環の一種であるCalabi--Yau多元環上の傾斜理論と, その非可換クレパント解消への応用を与えました. また,Y. Yoshino との共同研究では,三角圏のn-クラスター傾斜部分圏のmutation理論と,幾つかの商特異点上のrigid Cohen-Macaulay加群の分類への応用を与えました. 伊山氏の幾つかの成果は無機質な抽象論と捉えられかねない印象を与えるかもしれませんが,膨大な計算結果を抽象化する事で成されるもので,組み合わせ的手法を主体としたアプローチでは到底到達し得ないものを深い洞察力で理論として昇華させているものです. このように,伊山氏の多元環および Cohen-Macaulay 加群の表現に関する研究は,多くの応用を持ったすぐれたもので,日本数学会春季賞にふさわしいものであります.

日本数学会
理事長 坪井 俊