2021年度日本数学会賞秋季賞

2021年度日本数学会賞秋季賞

Martin A. Guest(早稲田大学理工学術院)
tt​⃰方程式および量子コホモロジーに関する一連の研究

Martin A. Guest氏は,幾何学・トポロジーを専門とする数学者で,可積分系に関わる調和写像論の長年の研究を背景とする,可積分系や数理物理に密接に関わる極めて魅力的な領域であるtt​⃰方程式および量子コホモロジーに関する氏の最近の一連の研究進展は,非常に目覚ましいものです.

微分幾何と可積分系の関わりは,負の定曲率曲面とサイン-ゴルドン方程式,そして,調和写像と戸田方程式の関係に始まる長い歴史があります.調和写像は,微分幾何において,一般にリーマン多様体の間の写像のエネルギーを極値化する写像として定義されますが,リーマン面やローレンツ面から対称空間への調和写像や複素多様体からリーマン対称空間への多重調和写像の方程式は,スペクトル変数をもつ零曲率表示で表されるという,写像の調和性と空間の対称性の一つの美しい適合が知られています.ループ群および無限次元グラスマン模型の無限次元幾何学による定式のもと,近年,調和写像方程式の任意解に対する無限次元ループ群作用と無限次元ワイエルシュトラス型表現公式(DPW公式)が,基本的構造であることが明らかにされました.Guest氏もそのような調和写像と可積分系の関わる研究領域で大きな貢献をしてきました.

1990年代初頭,超対称性の場の理論からCecotti--Vafaによって導入されたtt​⃰方程式(topological-antitopological fusion方程式)は,ある非コンパクトなリーマン対称空間への多重調和写像方程式であることが,Boris Dubrovinによって最初に指摘されました.Guest氏は,Alexander R. Its, Chang-Shou Linとの一連の共同研究において,戸田方程式に関係づけられる場合のtt​⃰方程式,即ちA型tt​⃰-戸田方程式の大域解に関する画期的な研究成果を挙げ,Cecotti--Vafaによって提起された幾つかの予想に証明を与えました.tt​⃰-戸田方程式は,符号を逆にした2次元周期的戸田方程式に動径条件と反対称条件を課したものです.Guest氏らはtt​⃰-戸田方程式を完全に解き,その解空間をパラメータ付けする凸多面体を決定し,大域解が0での挙動で具体的に特徴付けできるという驚くべき結果を与えました.また,DPW公式に基づく等モノドロミー変形理論の可積分系手法によってtt​⃰-戸田方程式の大域解空間に対する,より一層徹底した研究がなされています.その結果,大域解が,ある平坦接続のモノドロミーデータによっても具体的にパラメータ付けされることが示されました.さらに,大域解の無限遠での挙動の具体的記述に成功しています.続いて,Guest氏は,これらIts, Linとの共同研究の結果をよりリー理論的な立場から説き明かすために,Nan-Kuo Hoとの共同研究で,Stokes行列をルート系で記述する理論を用いてtt​⃰-戸田方程式の解空間をパラメータ付けする凸多面体をリー理論的に説明し,さらに,任意の複素単純リー代数に対するtt​⃰-戸田方程式の定義も導入して一般化するという壮大な理論を拓いています.

Guest氏はClaus Hertlingとの共著では,パンルヴェIII型方程式の特別な場合である一つの未知関数に関するtt​⃰-戸田方程式に立ち戻り,モノドロミーデータの空間と岡本初期値空間との同型を軸にして詳細な理論を展開しました.

Guest氏の最新の論文では,これら一連の共同研究の結果を連合させて,複素グラスマン多様体と複素射影空間の量子コホモロジーを結びつける幾何学的佐武対応を,tt​⃰-戸田方程式の観点から厳密に研究し,数学的に解明しています.tt​⃰-戸田方程式による幾何学的佐武対応の研究は数学としては最初で,その結果は理論物理からの示唆に対して数学的基盤を与えるものです.

これらの一連の研究は,幾何学・トポロジー,可積分系,非線形偏微分方程式,数理物理という異なる分野の研究者らとの見事な協働による卓越した研究成果という点でも極めて画期的です.ここ数年の研究成果は,微分幾何と可積分系の新たな研究領域を拓くもので,Guest氏のリードなくして決して達成され得ないものです.今後の一層の発展と多くの成果が期待されます.

以上の説明にありますように,Martin A. Guest氏の業績は日本数学会賞秋季賞に誠に相応しい業績です.

日本数学会
理事長 清水 扇丈