2024年度日本数学会賞春季賞
2024年度日本数学会賞春季賞
藤田健人(大阪大学大学院理学研究科)
Fano多様体のK安定性の研究
反標準因子が豊富な射影多様体はFano多様体と呼ばれ,双有理幾何学で重要な位置を占めている.一方,Kähler–Einstein計量は標準的Kähler計量の一つとして微分幾何学で重要な位置を占めている.その代数幾何での対応物としてK安定性の概念が二木昭人氏,満渕俊樹氏の仕事の延長として1990年代にDingとTianにより導入され,引き続いて偏極多様体がスカラー曲率一定の計量を持つ条件としてDonaldsonによって一般化された.本来の研究の動機は微分幾何学であったが,代数幾何学のアプローチがRoss–Tomasによってなされ,その後双有理幾何学のアプローチが尾髙悠志氏,Li–Xu等によって展開され,極小モデルプログラムとの関係が見出されるようになった.また,Kähler–Einstein計量が存在するための必要十分条件がK-polystableであろうというYau–Tian–Donaldson予想が,Fano多様体の場合,2012年にChen–Donaldson–SunとTianによって解決され,K安定性の概念の重要性がより認識されるに至った.K安定性は退化についてのDonaldson–二木不変量の正値性として定義されるが,Fano多様体の場合には代数的Ding不変量の理論として扱えることがBermanにより示された.しかし,K安定性は非常に扱いにくい条件であり,射影平面がK安定であるということさえ代数的には証明することができない状態で,その性質を調べることは困難を極めた.
藤田氏は,このような先行する研究を踏まえ,Chi Li氏と独立に,Fano多様体のK安定性に対する付値判定法という画期的な理論を見出し,困難な状況を大きく進展させた.さらに,藤田氏は尾髙氏と共同でFano多様体の𝛿不変量と呼ばれる強力な不変量を導入し,K安定性判定の問題に決定的な影響をもたらすとともに,最大体積の例の問題への応用を見出した.彼の理論を用いることにより,多くの研究者が様々なFano多様体のK安定性を証明している.現在,藤田氏自身もCheltsov等とともに3次元Fano多様体の𝛿不変量の壮大な計算プロジェクトを遂行していて注目を浴びている.
以上のように,藤田健人氏の業績は国際的に高く評価される成果であり,日本数学会賞春季賞に相応しい極めて優れた業績である.
日本数学会
理事長 鎌田 聖一