2022年度日本数学会賞春季賞

2022年度日本数学会賞春季賞

Neal Bez(埼玉大学大学院理工学研究科)
幾何解析および偏微分方程式論における不等式の研究

Bez氏は調和解析の研究を柱として,そこで登場する様々な不等式,さらには幾何解析や偏微分方程式論といった関連領域に登場する不等式に関する研究を精力的に行っており,その業績のひとつひとつは極めて質の高いものばかりである.

なかでもとりわけ重要なものとして,熱流法を用いた不等式の研究をあげることができる.正値関数に対しそれを熱核により非線形的に時間発展させたものを考えるとき,その量が時間に関して単調性を持つことがある.この事実は近年の調和解析の研究においても熱流法としてしばしば応用されており,様々な不等式がこの単調性の帰結として表現されることが知られている.Bez氏もこの潮流において,放物型方程式の優解に対して単調性を持つ新しい量を導出するための一般論を構築しており,Brascamp--Lieb不等式やOrnstein--Uhlenbeck半群の超縮小性といった幾何解析・確率解析の不等式がその応用例として導かれることを示すなど,幅広い適用範囲を持つ成果として確固たる足跡を刻んでいる.

この熱流法のもうひとつの利点として,不等式の最良定数の導出に有効であることがあげられる.例えば,偏微分方程式論における非線形解析の強力な手段としてStrichartz評価式と呼ばれる時空間評価式が知られているが,その最良定数に関しては限定的な場合を除きほとんどが知られていない.Bez氏はこれに対して,いくつかの場合における最良定数を熱流法により具体的に導いている.また,小澤徹氏および堤誉志雄氏により導出された双線形Strichartz型不等式は,非線形Schrödinger方程式の低い正則性の空間における適切性の問題に関するそれまでの先行結果を劇的に改良するものとして知られているが,Bez氏は熱流法を用いることにより,この不等式や関連する他の不等式をも特殊な指数の場合として含む拡張された不等式を最良定数つきで導出し,さらにはその最良を実現する関数はMaxwell--Boltzmannの関数方程式の解に限ることなどの新しい知見をもたらしている.これは量子力学の方程式と気体分子力学の方程式との驚くべき関連性を指摘したものであり,小澤・堤の結果を究極にまで深めた美しい成果であると言えよう.

Bez氏のもうひとつの重要な貢献として,Brascamp--Lieb不等式の一般化およびその最良定数の安定性に関する仕事をあげることができる.この不等式は,Hölder,Loomis--Whitney,合成積に関するYoungの不等式などを特別の場合として含むものであるが,その一般化は多重線形のフーリエ制限定理などの調和解析における様々な精密な不等式を生み出すのみならず,プラズマ物理の方程式であるZakharov systemの適切性の問題における非線形項の評価にも有効に利用されるなど,幾何解析・調和解析・偏微分方程式論といった広範な分野に影響を与える卓越した成果となっている.また,ここで用いられている主たる手法はスケールに関する帰納法とも呼ぶべきもので,もともとはBourgainが編み出したアイデアにその端緒があるのだが,それを様々な問題に適合する形へと磨き上げてきた功績も見逃せないであろう.

これらの業績以外にも,Bez氏による優れた成果は数多く存在する.例えば,平滑化評価式と呼ばれる時空間評価式およびその双対としての制限定理に対して,その最良定数を決定する問題がSimonにより提唱されていたが,全ての典型的な場合において最良定数およびそれを実現する関数の存在・非存在を決定し最終的解決を与えている.また,Schrödinger方程式や波動方程式に対して成立しているStrichartz評価式の端点評価が,運動論的輸送方程式に対しても同様に成立することが予想されていたが,これに対しては否定的な解決を与えている.

以上のように,Neal Bez氏の業績は2022年度日本数学会賞春季賞に誠に相応しいものである.

日本数学会
理事長 清水 扇丈