被制御確率過程が,終端時刻において,ある水準を下回る確率を考える.これに関して
(1)この確率を最小化し更にその長時間に渡る減衰率の値を調べること,
(2)この確率の長時間に渡る減衰率(これを長時間大偏差確率と呼ぶ)を最小化すること,
は近年数理ファイナンスのトピックスから興ってきた問題である.長井英生氏は,自身の研究や畑宏明氏,Shuenn-Jyi Sheu 氏(共に台北 Academia Sinica 所属)との共同研究を通して,これらの問題を解決した.制御の無い状況では,確率過程の終端時刻値に関するキュムラント母関数を計算し,その長時間極限関数の存在や微分可能性などが確認できれば,長時間大偏差確率が極限関数の Legendre 変換を用いて記述されることが知られている.(Gärtner-Ellis による.)長井氏等は,制御が存在する状況下でも“同様”に,最小化された長時間大偏差確率と関連するリスク回避的長時間リスク鋭感的制御問題との間に Legendre 変換を通した“双対性”が成立することを示した.証明に於いては,リスク鋭感的制御問題に関する Hamilton-Jacobi-Bellman 方程式の解の長時間漸近挙動の詳細な評価(リスク鋭感的パラメータに関する2階微分までの評価)が用いられており,主定理は Gärtner-Ellis の定理と最適制御理論が非自明な形で組み合わさったものと解釈される.また,この研究はモデルの不確実性(uncertainty)を考慮した長時間大偏差確率評価(Hannover,Leibniz 大学所属 Thomas Knispel 氏による研究)にも多大な影響を与えており,Knispel 氏の言葉を借りるならば,“ロバストな大偏差理論”の出発点ともみなされ,更に興味深い発展が期待されるものである.このような研究成果とその波及を鑑みて,長井英生氏の研究成果は解析学賞にふさわしいものである. |