日本数学会ビデオアーカイブ

2017年度日本数学会賞春季賞
阿部知行(東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構)
数論的𝒟加群の理論とラングランズ対応の研究

正標数の代数多様体のコホモロジー理論は,ゼータ関数に関するRiemann予想の類似として定式化されたWeil予想の解決をめざしてGrothendieckにより創始されました.一方,Galois表現と保型形式の間のLanglands対応は,WilesによるFermatの最終定理の解決を導いた谷山・志村予想をその一部として含む整数論の中心的問題の1つですが,その有限体上の関数体での類似はコホモロジー理論を駆使してL. Lafforgueらにより確立されています.阿部知行さんの正標数の代数多様体の p 進コホモロジーの基礎理論とその整数論的な応用への業績は,これらの結果の p 進的な類似を与えるもので,これまで比較的研究の遅れていた p 進的側面の研究を大きく推し進めるものです.

GrothendieckはWeil予想の証明をめざして,1960年代に有限体上の代数多様体のコホモロジー理論を構築しました.実多様体とは異なり有理数係数のよいコホモロジー理論は存在しないことがわかっていたため,そこで構築されたものはまず基礎体の標数 p とは異なる素数 に関する 進係数の理論でした.整数論的にも p 進係数の理論は重要であり実際Grothendieckは p 進係数の理論としてクリスタリン・コホモロジーを構成しましたが,特に開多様体や特異多様体の場合の理論は難しく,その有限性などの基本的な性質が証明されたのはようやく90年代になってからでした. 進理論は特異コホモロジーに似てトポロジー的な性格をもつのに対し, p 進理論はde Rhamコホモロジーに似て微分幾何的なもので p 進解析的な方法も必要になるなど,研究の手法が大きく異なります.

こうした中で,阿部さんは p 進コホモロジーの研究を進め,大変優れた業績をあげています.まず,多様体上の 進層の分岐について加藤和也と斎藤毅はそのSwan類とよばれる不変量を境界の 0 サイクル類として定義し,Euler数に関する指数公式を得ていましたが,阿部さんはこれをP. Berthelotによって構成されていた p 𝒟 加群の特性サイクルと結びつけることにより,特異点解消を仮定すればSwan類の整数性が導けることを証明しました.

有限体上の代数曲線上の 進層については,そのゼータ関数の関数等式の定数項に関する積公式が,P. Deligneの研究ののちG. LaumonによりFourier変換を使って証明されています.これはLanglands対応の証明の中でも大きな役割を果たすものです.阿部さんはA. Marmoraとの共同研究でこれの p 進類似を証明しました.これは大筋ではLaumonによる 進での証明に沿ったものですが,そこでの基礎となる消滅輪体の理論が p 進では整備されていないため,マイクロ微分作用素の理論を構築する必要がありました.またゼータ関数の関数等式そのものについても,それを導く p 進コホモロジーのFrobenius作用素のPoincaré双対性との整合性も確立する必要がありました.この2つは阿部さん単独での成果です.このように,既存の結果を使って定理を証明するだけでなく,基礎理論の整備にも力を注ぐところに阿部さんの仕事の特徴があります.

進コホモロジーは単に多様体のコホモロジーを与える理論ではなく,Grothendieckが加減乗除の四則演算になぞらえて重要性を強調した,多様体上の層のなす導来圏の間に順像や逆像の関手が定まるという六則演算という枠組みが構築されています.阿部さんは p 進コホモロジーに関するこの枠組みの確立にも大きく貢献しました.特に代数的スタックへの一般化はLanglands対応の証明への応用上も重要な意味のあるものです.Weil予想を最終的に証明したDeligneは, 進コホモロジーの理論を,Frobenius作用素の固有値を用いた重さの理論として整備しました.D. Caroとの共同研究では,この p 進類似も確立しています.

以上の関数等式の定数項の積公式や六則演算という成果を用いて,現在査読中の論文では,DeligneがWeil予想を証明した論文でpetits camarades cristalllinesの存在予想としてのべた,Langlands対応の p 進類似を確立しています.このように,阿部さんは正標数の代数多様体の p 進コホモロジーの基礎理論の構築とその整数論的な応用の両方に大きな成果をあげています.

以上のように阿部知行さんの業績は日本数学会賞春季賞にまことにふさわしい業績です.

日本数学会 理事長 小谷 元子