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2017年度日本数学会賞秋季賞

荒川知幸(京都大学数理解析研究所)
𝒲-代数の表現論

affine Kac--Moody Lie環やVirasoro代数は,無限次元のLie環の例で,数学だけでなく,物理学の2次元の場の理論(共形場理論)でも重要な対象です.このようなLie環に,場の理論で大切な役割を果たす頂点作用素を組み込んで,頂点代数とよばれる新しい代数系が導入されて,研究されるようになりました.その例として,𝒲代数がはじめ物理学において導入され,その後 Feigin--Frenkelにより,affine Kac--Moody Lie環の量子 Drinfeld--Sokolov簡約による,数学的に明快な定義が与えられました.さらにKac--Roan--脇本により,複素有限次元スーパーLie 環 𝔤 と,そのべき零元 f,およびレベルとよばれる複素数 k から出発する一般的な 𝒲代数に拡張されています.Feigin--Frenkelの定義した𝒲代数は f が主べき零元のときにあたります.

Drinfeld--Sokolov簡約は,上のデータから定められる複体のコホモロジーとしての構成であり,𝒲代数自体が構成されるだけでなく,同時にその表現もaffine Lie環の表現に付随する複体から構成されます.この構成での基本的な問題は,次数0以外のコホモロジーの消滅を示すこと,さらに次数0で,affine Lie 環の既約表現が,𝒲 代数の既約表現に移されることでした.荒川知幸氏は,この問題をfが主べき零元のとき,極小べき零元のときと,𝔤がA型のときに解決しました.これにより,𝒲代数の既約表現の指標公式が計算され,𝒲代数の表現論の基礎となりました.

一方,頂点代数の表現論の研究が進むに従い,表現のなす圏が完全可約で既約表現が有限個になるという有理性条件の重要性が認識されてきました.affine Lie環のレベルが正の整数の表現や,Virasoro代数の極小系列の場合には,有理性が成り立つことは,研究当初から知られていましたが,Frenkel--Kac--脇本は,𝒲代数の既約商について,レベルがある条件を満たす有理数のときに,有理性が成り立つことを予想しました.

荒川知幸氏は,この予想を解決しました.そのために頂点代数に対して随伴多様体とよばれる,ポアソン構造を持った複素アファイン多様体を定め,これが重要な役割を果たすことを明らかにしました.たとえば,頂点代数がC2有限性条件とよばれる代数的な条件を満たすことと,随伴多様体が0次元であるという幾何学的な条件が同値であること,また頂点代数の特異台が随伴多様体を像とする弧空間に含まれることが,定義から直ちに従います.C2有限性から,頂点代数の表現をつかさどる Zhu代数の有限次元性が従い,既約表現が有限個になりますので,随伴多様体の概念の有効性が分かります.さらに随伴多様体は,Drinfeld--Sokolov簡約に関しても,よい振る舞いをすることを示し,予想の解決への重要なステップとなりました.

最近では,川節和哉氏との共同研究で,随伴多様体が有限個のシンプレクティック葉しか持たないという,頂点代数の quasi-lisse 条件を導入し,この条件のもとで,表現のq次元(指標のある特殊化)が保型微分方程式を満たすことを示しました.quasi-lisse条件は,C2有限性を弱めた条件で,より広いクラスの頂点代数について成り立ちます.実際,Deligneの例外型系列とよばれるaffine Kac--Moody Lie環の列で,レベルが −h∨/6−1(h∨は双対コクセター数)のときに,随伴多様体は極小べき零軌道になり,q次元を微分方程式を用いて決定することができます.また,最近の物理学における研究でも,4次元の超対称性を持つ場の理論から quasi-lisse条件を満たす頂点代数が構成されることが期待されており,この研究の重要度が高まっています.

以上のような荒川知幸氏の𝒲代数の表現論に関する深い研究は,2017年度日本数学会賞秋季賞に誠にふさわしい業績です.

日本数学会
理事長 小薗 英雄