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2016年度日本数学会賞春季賞

春季賞 受賞者

入谷氏の研究は,グロモフ・ウィッテン不変量とミラー対称性に関するもので,特にシンプレクティック多様体の量子D加群に定義した Γ構造は,極めて重要なものであるとして,高く評価されています. ミラー対称性は,異なるカラビ・ヤウ多様体の組(X,Y)に対して,Xの複素幾何学とYのシンプレクティック幾何学の間に, 不思議な関係がある,と主張するものです.80年代に数理物理の弦理論の研究において始めに現象として発見されました. 90年代初頭にキャンデラスらにより,Y内の有理曲線の個数がXの変形から計算できるという予想が見出されてから,数学と物理の関わる問題として, 現在に至るまで多くの研究者の興味を集めて研究されています.

有理曲線の個数は,位相的場の理論に基づくグロモフ・ウィッテン不変量として定式化され,これを用いて,コホモロジー環を変形した,量子コホモロジー環とよばれる構造が導入されました. さらにキャンデラスらの予想を証明する過程において,Xの複素構造のホッジ構造の変形に対応して,Yの量子コホモロジー環が量子D加群とよばれる構造を持つことがカギとなることが, ギベンタールらの研究により,明らかにされてきました.以後,量子D加群の研究は,ミラー対称性における中心概念の一つとなっていきました. また,コンツェビッチによるホモロジー的ミラー対称性,すなわちXの連接層の導来圏とYの深谷圏の間に圏同値があるという予想が提出され, ミラー対称性は不変量の計算に留まらず,構造の間の対応としてさらに進化していきます.

こういった流れの中で,入谷氏は量子D加群とミラー対称性の研究の中から,Xのコホモロジー群の整構造に対応する,Yの量子D加群の整構造は何か, という問題を考えました.Y上のベクトル束から定まるK群が関係することは明らかですが,これをさらにΓ関数を用いて書かれるYの接束の特性類でひねることが必要である, と見出したことが新しい洞察で,一般の場合に予想を定式化し,ファノ・トーリック多様体のときに,ミラー対称性において,確かにXのコホモロジー群の整構造に対応することを証明しました. この構造は,量子D加群の重要な構造として認識されて,入谷のΓ構造として,世界的にも高く評価されています.

入谷氏のその他の重要な研究としては, 1)ルアンによる軌道体Yの量子コホモロジー環と,Xのクレパント特異点解消Xの量子コホモロジー環が,解析接続でつながっているだろうという予想に関し,その定式化とミラー対称性を用いた証明(Coates, Corti,Tsengとの共同研究) 2)ランダウ・ギンズバーグ模型に現れる量子D加群と,カラビ・ヤウ多様体のグロモフ・ウィッテン不変量に基づく量子D加群が, ケーラー構造のモジュライ空間においてつながっているという結果(Chiodo,Ruanとの共同研究)などがあります.
これらの入谷氏の量子D加群に関する重要な研究業績は,日本数学会賞春季賞に誠にふさわしいものです.