2020年度日本数学会賞秋季賞

2020年度日本数学会賞秋季賞

梅原雅顕(東京工業大学情報理工学院)
山田光太郎(東京工業大学理学院)
特異点をもつ曲面およびローレンツ・ミンコフスキー空間内の曲面の微分幾何学

梅原雅顕氏・山田光太郎氏の最近の業績は以下の‘曲面の特異点の微分幾何学的研究’および‘3次元ローレンツ・ミンコフスキー空間内の混合型曲面の研究’に大別できると思われます.

1.‘曲面の特異点の微分幾何学的研究’
実特異点の幾何学は,19世紀の代数幾何学の発展を経て,近代数学の文脈においては,R. Thom,V. I. Arnoldらにより,微分位相幾何学的な切り口から,主に研究されてきました.梅原・山田両氏の功績は,実特異点の微分幾何学を新たに定式化したことです.この研究は,3次元ローレンツ・ミンコフスキー空間内の極大曲面や3次元双曲空間内の平坦波面等において,滑らかな曲面という範疇では非常に限られた例しか存在しえないが,特異点の存在を許すことで対象が大きく広がり,興味深い例も含むことから,‘特異点を許容する曲面の幾何’が重要な研究対象であることを両氏が認識したことに始まります.3次元リーマン多様体内の波面は,位相幾何学で実特異点を研究する際に現れる特異点をもつ曲面のクラスですが,梅原・山田両氏は佐治健太郎氏と共同で,特異曲率という概念を導入することにより,波面がジェネリックな特異点をもつ場合にまで,ガウス・ボンネの定理を拡張することに成功しました.その後,梅原・山田両氏は特異点をもつ曲面に対して,微分幾何学における主たる興味の対象であるその内在的性質(代表例は,ガウスの驚異の定理‘曲面のガウス曲率はその第1基本形式のみに依存し,その空間内での実現の仕方によらない.’)の研究を深化させました.ここでは連接接束という新しい概念を創出し,上記の拡張されたガウス・ボンネの定理の内在的定式化および高次元化を実現しました.これはS. S. Chernによる1940年代の結果を本質的に改良したものです.また,この連接接束を用いることで,特異点の内在的な性質を発見しました.

滑らかな曲面に関するガウス・ボンネの定理が,Chern--Weilによる特性類の理論,Atiyah--Singerの指数定理等の20世紀の華麗な幾何学の発展を誘引した歴史に鑑みるに,梅原・山田両氏によって新たに定式化された特異点を含むガウス・ボンネの定理のもつ可能性には,大きな期待がかかります.その集大成として佐治健太郎氏との共著で出版された著書‘特異点をもつ曲線と曲面の微分幾何学’は,その科学的な必然性から,今後の特異点の微分幾何学の研究の基礎となるでしょう.

2.‘3次元ローレンツ・ミンコフスキー空間内の混合型曲面の研究’
ローレンツ・ミンコフスキー空間とは不定値計量をもつ特殊相対性理論の舞台ですが,3次元空間は真空アインシュタイン方程式の唯一の解であることから,そこに内在する曲面の研究についても物理学的観点からの興味をもたれています.また,数学的研究としては,Cheng--Yauや小林治氏による空間的極大曲面の研究等がよく知られています.3次元ローレンツ・ミンコフスキー空間内の曲面はその第1基本形式によって定義される各点の内積の正定値性,不定値性に応じて,その因果型が空間的,時間的とよばれます.これまでは,空間的極大曲面,時間的極小曲面等,因果型が固定されたそれぞれの曲面の研究がほとんどでした.これに対し梅原・山田両氏の最近の研究の多くは混合型とよばれる異なる因果型が共存する曲面に関するもので,解析的には楕円型と双曲型という2種類の偏微分方程式が混在する状況であり,取り扱いがより困難です.梅原・山田両氏は,共同研究者と共に,混合型平均曲率零のグラフの多くの例の構成,いくつかの既知の極大曲面の解析接続としての混合型曲面の構成,混合型曲面の中の光的点の分布の解析,光的点を含む平均曲率零曲面に対するベルンシュタイン型問題の解決等の重要な業績を挙げられています.19世紀に創始されたユークリッド空間内の極小曲面の理論が20世紀にリーマン幾何学の枠組みで花開いたように,梅原・山田両氏の3次元ローレンツ・ミンコフスキー空間における知見が,今後高次元の一般相対性理論においても重要となることが期待されます.

梅原・山田両氏は共同研究者の数が多いことでも知られ,国内外の研究者に大きな影響を与え続けています.さらに梅原・山田両氏の貢献は教育面においても大きく,その著書‘曲線と曲面’は,2002年に初版が出版されて以来,現代的な微分幾何学のアプローチが平易な言葉をもって表現されていることから,多くの大学で採用されている標準的な教科書になっています.2017年には英語版の出版もされ,国際的にも次世代の育成に大きな影響を与えていくことでしょう.

以上のように,梅原雅顕氏・山田光太郎氏の業績は日本数学会賞秋季賞に誠に相応しいものであります.

日本数学会
理事長 寺杣 友秀