2021年度日本数学会賞春季賞

2021年度日本数学会賞春季賞

塚本真輝(九州大学大学院数理学研究院)
力学系における平均次元の研究

塚本真輝氏は平均次元の研究で優れた成果を挙げています.平均次元はGromovが1999年の論文で導入した概念であり,本質的に無限次元な力学系という極めてワイルドな対象を解析するための理論です.Gromovの当初の研究は,調和写像や正則写像などの幾何学的な偏微分方程式の解の性質を,平均次元を用いて捉えようというものでした.一方,Lindenstrauss--Weissは2000年の論文で平均次元を力学系の埋め込み問題へと応用し,その後は力学系の観点からの研究が主に行われていました.

そのような状況の中で,塚本氏はその研究の初期から平均次元に取り組み,松尾信一郎氏との共同研究を含む一連の論文によって,Gromovの研究を発展させる幾何解析的な成果を挙げました.その一つは複素射影空間のBrody曲線全体のなす空間の平均次元の決定です.Gromovは複素射影空間のBrody曲線全体の空間の平均次元が正の有限値であることを示していましたが,塚本氏はその値がエネルギー密度というNevanlinna理論的な量を用いて記述されることを明らかにしました.また,𝕊³×ℝ上の有界ASD接続のなす空間についても,その平均次元を接続のエネルギーを用いて評価することに成功しました.これは,非コンパクト多様体上の無限エネルギーを持つASD接続に対して,コンパクト多様体で指数定理から得られるモジュライ空間の次元公式の類似を確立するものです.これらの研究は,Nevanlinna理論やゲージ理論などを縦横に駆使する,独創的であるとともに技術的にも極めて高度なものであり,塚本氏以外にはなし得なかったことのように思われます.

また近年は,Elon Lindenstrauss氏やYonatan Gutman氏との共同研究などにより,平均次元の力学系への応用,特に力学系の埋め込み問題や,データの圧縮など情報理論と関連する研究で活発に論文を発表しています.埋め込み問題については,Gutman氏との共同研究などにより,コンパクト距離空間上の位相同型が生成する極小な力学系がHilbertキューブに埋め込み可能であるための,平均次元を用いた最良の十分条件を与えました.これはLindenstraussが20年前に提出した問題に答えるもので,平均次元の力学系理論での有用性を示す決定的な結果と言えます.Lindenstrauss氏との共同研究では,コンパクト距離空間上の位相同型が生成する極小な力学系の平均次元について,データの圧縮に関連するrate distortion dimensionを用いた二重変分原理(double variational principle)を確立し,平均次元の理論を更に深化させるとともに関連分野とのつながりも広げていっています.

以上のように,塚本氏の平均次元の理論の進展への貢献は目覚ましく,その業績は日本数学会賞春季賞に誠に相応しいものです.

日本数学会
理事長 寺杣 友秀