2016年度日本数学会賞秋季賞

2016年度日本数学会賞秋季賞

森田茂之(東京工業大学・東京大学名誉教授)
写像類群と自由群の外部自己同型群のコホモロジー理論

1980年代前半に曲面の写像類群のコホモロジーの研究に着手し,この分野を常に先導してきました.最初の仕事であるMumford--Morita--Miller類の構成は,多くの研究者を巻き込み,2002年にMadsen--WeissによりMMM類が写像類群の安定有理コホモロジーを尽すという結果に結実しています.

この初期の研究に続き,森田氏はD. Johnsonによる先駆的な研究を著しく深化させています.写像類群の曲面の1次ホモロジー群への作用から誘導される写像を写像類群の1次近似とみなし,ターゲットを曲面の基本群の冪零商の自己同型群に置き換えると高次近似写像が定義されます.氏はその核となる写像類群の一連の部分群の組織的研究を進めました.とくに,この一連の部分群から高次のJohnson準同型と呼ばれる写像が定義されますが,その像があるシンプレクティックLie代数に含まれることを示しました.一つのブレイクスルーは,今日ではMoritaトレースと呼ばれているこのLie代数から多項式代数への写像を構成し,Johnson準同型の像がMoritaトレースの核に含まれていることを明らかにした点です.さらなる転機は,このLie代数の曲面の複雑度に関する極限が,M. Kontsevichが見出した自由群の外部自己同型群のコホモロジーと等価な情報を持つある無限次元シンプレクティックLie代数に一致することを発見した点です.氏は直ちに多項式代数のコホモロジー類をMoritaトレースで引き戻すことにより,今日ではMorita類と呼ばれている自由群の外部自己同型群のホモロジー類の族を初めて構成しました.

Johnson準同型とMoritaトレースは,写像類群の構造に関する深い成果と,Morita類から派生した自由群の外部自己同型群のコホモロジー研究の新展開の源泉となり,今日ではK. Vogtmannを始めとする多くの有力な研究者が研究を加速させています.氏自身もその中心にあり,ごく最近では逆井卓也氏および鈴木正明氏と共同でKontsevichによるあるLie代数のアーベル化を決定し,写像類群および自由群の外部自己同型群のコホモロジーへの応用として,その豊饒さの傍証となる新事実を着々と積み重ねています.また,階数が11以下の自由群の外部自己同型群の整オイラー数をスパコンで計算し,たとえば奇数次にも実に豊富な未知のクラスがあることを定量的に示しています.

日本数学会
理事長 小谷 元子