● 幾何学賞受賞者の業績

受賞者: 永野 幸一 (筑波大学数理物質系・准教授)

授賞題目: 曲率が上に有界な距離空間の幾何学についての研究

授賞理由: 永野氏の主な研究対象であるCAT(k)空間「測地的に完備な曲率が上に有界な距離空間」は,双曲空間の一般化であるCAT(-1)空間やアダマール多様体の一般化であるCAT(0)空間などを含み,幾何学的群論など周辺領域は広く,その重要性が認められている. 曲率が下に有界な空間は,アレクサンドロフ空間と呼ばれ,その局所構造をはじめ,リーマン多様体の収束・崩壊との関連でもこれまで活発に研究されてきた. 一方で,曲率が上に有界な空間は,その局所構造が極めてワイルドであり,扱いが難しい対象である. 大きな違いとして,アレクサンドロフ空間は,測地線が分岐せず,次元が大域的に一定であるのに対し,曲率が上に有界な空間では,測地線は分岐し,次元も一定でないことが挙げられる.

 永野氏は2019年にGAFAに掲載されたLytchakとの共著論文“Geodesically complete spaces with an upper curvature bound”において,CAT(k)空間の局所構造を明らかにする基本的な結果を得た. 具体的には,CAT(k)空間では次元は一定ではないが,次元による階層構造を持つことと,各階層が十分多くの正則点を持つことを確立した. さらに,永野氏は2022年にJEMSに掲載されたLytchakとの共著論文“Topological regularity of spaces with an upper curvature bound”では,局所コンパクトな CAT(k)空間において,位相多様体であることと全ての接錐が互いに位相同型かつ有限次元であることの同値性を示した. また,Lytchak, Stadlerとの共同研究では,4次元CAT(0)多様体がユークリッド的であることを示し,Davis-Januszkiewiczの問題を解決した. さらに,塩谷隆氏,山口孝男氏との共同研究において,2次元の曲率が上に有界な空間に対して,多面体によるリプシッツ・ホモトピー近似やガウス・ボンネ定理などの結果が示されている.

 以上のように,永野氏は,曲率が上に有界な距離空間の幾何構造の基本定理を確立した. CAT(k)空間の理論はリーマン幾何学, 幾何解析学,幾何学的群論などでも有用であり,永野氏の結果はそのような周辺分野にも波及効果をもたらしている. 永野氏の業績2025年度幾何学賞に誠に相応しいものである.


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