● 幾何学賞受賞者の業績

受賞者: 松村 慎一 (東北大学大学院理学研究科・教授)

授賞題目: ケーラー多様体と代数多様体に対する非負曲率性の超越的手法による研究

授賞理由: 松村氏の主な研究対象は,コンパクトケーラー多様体と射影代数多様体である. 松村氏は,コホモロジーの消滅定理,非負曲率をもつ多様体の構造定理,アバンダンス予想に関して,超越的手法を駆使し,従来の代数的手法を超える顕著な業績を挙げている.

 1980年代に,小平の消滅定理の強力な一般化として,川又–Viehweg消滅定理,Nadel消滅定理,Kollár単射性定理が示され,双有理幾何で大きな役割を果たした. 松村氏はL2評価や調和積分論などの複素解析的手法を用いて,ケーラー多様体,非負曲率の特異エルミート計量,双有理幾何の特異点にも応用できる消滅定理を,上記の定理を一般化,統一する形で確立した.

 森重文氏によるHartshorne予想の解決にあたる定理「豊富な接ベクトル束をもつ非特異な射影多様体は射影空間である」は,高次元の極小モデル理論の誕生につながった重要な結果である. この観点から,適切な意味で非負曲率をもつ接ベクトル束や反標準因子が研究されてきた. 松村氏は,2022年にAmer. J. Math.に掲載された“On projective manifolds with semi-positive holomorphic sectional curvature”を含む一連の論文で,非負の正則断面曲率をもつ多様体の構造定理についての優れた結果を得ている. その応用として,正の正則断面曲率をもつ多様体が有理連結であることを証明し,Yauの問題(1982年)に解答を与えた. さらに,J. Eur. Math. Soc.に掲載予定のJuanyong Wang氏との共著“Structure theorem for projective klt pairs with nef anti-canonical divisor”を含む体系的な研究で,ネフな反標準因子をもつ射影的KLT対(射影多様体と境界因子の組)の構造定理を確立した. これにより,Fano多様体の有理連結性の一般化を問うHacon–McKernanの問い(2007年)を一般的な形で解決した. さらに,Calabi–Yau多様体に対するBeauville–Bogomolov–Yau分解を射影的KLT対へ拡張し,極小モデル理論に現れる多様体の基本構成要素を明らかにする決定的な結果を得た. これらの成果は極めて重要であり,代数幾何と複素幾何の双方で基本的な役割を果たす.

 証明の過程で,松村氏はエルミート・アインシュタイン計量,特異エルミート計量,局所系,葉層構造などの超越的手法を発展させてきた. 松村氏は,これらの手法を,上記とは対照的に,擬有効な標準因子をもつ多様体に対するアバンダンス予想に応用し,特別な場合において新たな進展をもたらしている.

 松村氏の業績は,2025年度幾何学賞に誠に相応しいものである.


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