受賞者:馬場 伸平 氏(大阪大学大学院理学研究科・准教授)
授賞題目:曲面の複素射影構造と指標多様体の研究
授賞理由:馬場氏は種数が2以上の向き付け可能な閉曲面上の複素射影構造と,曲面の基本群のPSL(2, C)表現全体のなす指標多様体の幾何学的研究において顕著な成果を挙げている.ここで,複素射影構造とは,リーマン球面をモデルとする曲面の幾何構造であり,それに付随してホロノミー表現とよばれる曲面の基本群のPSL(2, C)表現と,曲面の普遍被覆空間からリーマン球面への展開写像が定まる.曲面の複素射影構造は,Thurstonによって曲面の双曲構造を曲面上の測地線に沿って曲げる操作(bending)により得られることが知られている.同様の性質をもつ単純閉曲線に沿って、複素射影構造を2π曲げて新しい複素射影構造を得る操作をグラフト,その逆の操作をアングラフトとよぶ.これらの操作によってホロノミー表現は変わらない.ここで,同一のホロノミー表現をもつ曲面の複素射影構造が二つ与えられた時,それらを相互に変換するグラフトとアングラフトの合成があるかということが重要な問題として,Gallo-Kapovich-Mardenによって提起された.馬場氏はこの「グラフト予想」を,一般的(generic)なホロノミー表現について肯定的に解決した.馬場氏は2015年にGeometry & Topologyに掲載された論文“2π-grafting and complex projective structures, I”において,複素射影構造のThurston座標のラミネーションが十分に近い場合に証明し,2017年にGAFAに掲載された論文“2π-graftings and complex projective structures with generic holonomy”で,その場合に帰着することによってグラフト予想の証明を与えた.
また,馬場氏は曲面の複素射影構造の退化についての研究を行った.複素射影構造の1パラメータ族の漸近挙動に関するKapovichの問題に対して,対応する複素構造の変形が曲面上のループを潰すことで記述される場合に,曲面上の2次微分,曲面の双曲幾何構造と測度付きラミネーション,展開写像とホロノミー表現という異なる視点から記述を与えた.
以上のように,馬場氏は,曲面の複素射影構造と指標多様体の幾何学の研究において,卓越した業績を挙げた.馬場氏の業績は2026年度幾何学賞に誠に相応しいものである.