第十六回(2024年度)福原賞

受賞者

業績題目

上田好寛(神戸大学海事科学研究科)
(2010, 2018 年微分方程式の総合的研究講演者,
2022 年函数方程式論分科会特別講演者)

安定性理論のための偏微分方程式系に内在する消散構造の解析

鈴木政尋(名古屋工業大学大学院工学研究科)
(2008 年微分方程式の総合的研究講演者,
2021 年函数方程式論分科会特別講演者)

プラズマ境界層の数学解析

原田潤一(秋田大学教育文化学部)
(2023 年微分方程式の総合的研究講演者)

非線形熱方程式に対する特異性の解析

【選考委員会構成】
内籐雄基(委員長),久保英夫,赤木剛朗,石毛和弘,町原秀二,杉本充,前川泰則,高橋太,高岡秀夫,川下美潮,三沢正史,坂井秀隆,藤家雪朗,熊ノ郷直人


受賞者

上田好寛(神戸大学海事科学研究科)
(2010, 2018 年微分方程式の総合的研究講演者,2022 年函数方程式論分科会特別講演者)

業績題目

安定性理論のための偏微分方程式系に内在する消散構造の解析

受賞理由

 上田好寛氏はこれまで流体力学や弾性体力学にあらわれる偏微分方程式系の解の漸近挙動に関する研究に取り組み,特に方程式系から非自明な消散構造を精密に抽出することで解の漸近安定性について多くの優れた研究成果を挙げてきた. 対称双曲系に潜む非自明な消散構造の抽出に関する研究は 1970 年代から日本人研究者を中心に盛んに研究がなされてきたが,中でも楳田・川島・静田 (1984) や静田・川島 (1985) の結果は一般論として定着している。 一方,緩和項の係数行列が本質的に非対称となる場合はその一般論の範疇から外れているが,上田氏は Renjun Duan 氏,川島秀一氏との共同研究でその理論の拡張に取り組んだ.その後,いわゆる静田・川島条件に対応する安定性条件を単独で発見し,それに基づく解の減衰レートを求めるスキームを既存の証明法ではなく独自の方法で完成させた.さらに緩和行列が対称になる場合と異なり,解の減衰ダイナミクスが豊富な多様性を持つこと,および緩和行列の反対称部分が及ぼす影響を明示した.また上田氏が導入した新しい安定性条件は確認が容易であるため,応用性も高い.さらに時間遅れを含む偏微分方程式に関する久保隆徹氏との共同研究などに於いて,時間遅れ幅と大域解の存在性の関係を指摘した.このように上田氏の偏微分方程式系に対する安定性理論への貢献は大変秀でたものであり,函数方程式論分科会福原賞にふさわしい.


受賞者

鈴木政尋(名古屋工業大学大学院工学研究科)
(2008 年微分方程式の総合的研究講演者,2021 年函数方程式論分科会特別講演者)

業績題目

プラズマ境界層の数学解析

受賞理由

 鈴木政尋氏は,Euler-Poisson方程式などに代表される,有限伝播性を伴う双曲型偏微分方程式と長距離間の相互作用を記述する楕円型偏微分方程式が連立する非線形偏微分方程式系の数学解析において顕著な業績を挙げている.特に,プラズマが接触する固定壁付近で生じる境界層(シース)の解析において,鈴木氏は,西畑伸也氏,大縄将史氏,高山正宏氏,C.-Y. Jung氏,B. Kwon氏,K. Z. Zhang氏等と多岐にわたる研究を行い,第一人者としてその数学理論の礎を築いてきた.プラズマ物理学では,流体力学的モデルである Euler-Poisson方程式(以下,EP方程式)や,気体分子運動論的モデルである Vlasov-Poisson方程式(以下,VP方程式)から,シースを表す定常解が形成されるための条件(Bohm条件)が形式的に知られていた.鈴木氏は,Bohm条件の数学的な検証を行い,Bohm条件下における半空間EP方程式の定常解の存在と初期摂動に対する漸近安定性について厳密な証明を与えた.さらに,曲がった境界を持つ空間においてEP方程式の定常解が存在するための必要十分条件を与え,平坦とは限らない固定壁におけるBohm条件を確立した.これにより,Bohm条件の境界形状に対する依存性が初めて明らかになった.境界が平坦でない場合は,従来用いられていたODEの手法が適用できないため,時間大域解の構成とその安定性解析に基づくアプローチが新たに展開されていることは特筆すべきである.また,VP方程式に基づくシースの数学的な研究は未開拓の分野であったが,鈴木氏は,1次元半空間VP方程式の定常解が存在するための必要十分条件を与え,さらに,EP方程式とVP方程式の定常解の関係を明らかにした.これは,VP方程式を用いたシースの数学理論として極めて先駆的なものである.これらの鈴木氏の業績は非常に優れたものであり,函数方程式論分科会福原賞にふさわしいものである.


受賞者

原田潤一(秋田大学教育文化学部)
(2023 年微分方程式の総合的研究講演者)

業績題目

非線形熱方程式に対する特異性の解析

受賞理由

 原田潤一氏は,非線形境界条件付き熱方程式や複素数値型熱方程式を含む多様な非線形放物型方程式に対する解挙動の研究,とりわけ有限時間における爆発現象に対して顕著な研究成果を挙げている.原田氏はSobolev劣臨界冪をもつ藤田型方程式に対して,S. Filippas-R. Kohn,M. A. Herrero-J. J. L. Velazquez,F. Merle-H. Zaagにより 1990年代から研究が続いている爆発形状に関する一連の研究に新展開を与え,最大値原理や比較原理を適用できない非線形放物型方程式に対する爆発解の漸近的評価を示した.近年ではSobolev臨界冪をもつ藤田型方程式に対して,長らく未解決であったDiracデルタ型特異性をもつタイプII爆発解の存在予想に証明を与えている.この研究はM. del Pino-M. Musso-J. Weiにより空間3,4次元の場合に開発された接着法を高次元に一般化するものであり,詳細な漸近解析と線形化解析によって形式的に予想される解の存在問題を漸近的評価に基づく適切な関数空間における不動点に帰着させている.特に空間6次元では5次元以下と異なり,非自明な自己相似解周りの線形化に基づく接合漸近展開法と接着法を巧みに組み合わせるという極めて高度な手法を確立した.
 以上のように原田氏の研究は長年の未解決問題の解決と非線形偏微分方程式に対する特異性の解析に関する新技術の開発を含み,今後の非線形解析の分野をリードする大変優れたものである.原田氏の函数方程式論への貢献は著しく,函数方程式論分科会福原賞にふさわしい.