2009年度日本数学会賞春季賞
小沢 登高(東京大学大学院数理科学研究科)
離散群と作用素環の研究

作用素環とは,ヒルベルト空間の上の有界線形作用素のなす環で, 共役作用素を取る演算で閉じており,さらに適当な位相で閉じて いるもののことである.作用素環は作用素ノルムの位相で閉じて いる時,C*-環,弱位相で閉 じている時,フォン・ノイマン環 と呼ばれる.離散群からフォン・ノイマン環を作る基本的な方法 は二つある.一つは,群の正則表現の像が生成するフォン・ノイマン環 を考えるもので,これをフォン・ノイマン群環と呼ぶ.もう一つは, 群が確率測度空間に測度を保って作用しているとき,この測度空間 上のL-関数環の群作用による半直積をとるものである. これらを含む様々な方法で作られた作用素環が同型であるか否か 判定することが,作用素環論の根本問題である.

フォン・ノイマン環論における近年のもっとも大きな成果は S. Popaによるもので,彼によってそれまで同型であるかどうか判定 できなかった多くのフォン・ノイマン環が互いに同型ではない ことが示された.小沢氏は作用素空間の理論に源を持つ 全く独自の視点からこの問題の研究に参入し,以下の様な驚異的 な成果を挙げた.作用素空間は,積でも共役演算でも閉じていない, 有界線形作用素のなす線形空間であり,このような手法が フォン・ノイマン環の分類理論に役立つとはまったく期待されて いなかった.

小沢氏はまず,C*-環論から出発し,2000年, 離散群のC*-群環について,完全性と呼ばれている重要な条件 の特徴付けを与え,Gromov の構成した離散群の C*-群環は完全ではないことを示した.これは当時の有名な 未解決問題の解決であり,多くの結果がこれから従う.

さらに小沢氏は,離散群が双曲群のとき,そのフォン・ノイマン群環の 「あまり小さくない」部分環の可換子環はすべて,単射的といういい性質 を持つことを示した.この結果は,当時証明されたばかりの, 自由群のフォン・ノイマン環のテンソル積分解 の不可能性について有名な結果をごく特別な場合として含くむものである. さらに小沢氏はこの手法を応用して,広いクラスの離散群のフォン・ノイマン 群環のテンソル積に対し,テンソル積分解の一意性を,Popa との共著論文で 示した.これも,自由群のフォン・ノイマン群環2つのテンソ ル積と3つのテンソル積は同型であるか,という有名な未解決問題をより一 般的な形で解決したものである.

さらに最近の Popa氏との一連の共著論文では自由群のフォン・ノイマン群環や, 自由群のエルゴード作用に関連して現れる,幅広いクラスのフォン・ノイマン環 の,カルタン部分環と呼ばれる重要な部分環の構造を決定し, カルタン部分環はある場合には存在しないこと,ある場合には強い意味で 一意的であることを示した.これから,フォン・ノイマン環の 構造について非常に強力な情報が得られ,これまで知られていた多くの 重要な結果が,きわめて特別な場合として従う.

このほか,小沢氏は,直接離散群と関係しないいくつもの重要な成果も挙 げており,そのアイディアの独創性とテクニックの鋭さは比類ないものである.

以上,小沢登高氏の離散群と作用素環に関する多彩で重要な 研究業績は日本数学会春季賞に誠に相応しいものである.

日本数学会
理事長 谷島 賢二


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最終更新日: Sep 17, 2009