2003年度日本数学会賞春季賞
大槻知忠(京都大学数理解析研究所)
3次元多様体の量子不変量の研究

Jones多項式の発見を契機として,結び目絡み目の新しい不変量の研究が,急速に進展しました.その研究は量子群の表現を用いた結び目の量子不変量の形に整理されていきました.一方,Vassilievは,全く独自の観点から,結び目の有限型不変量の概念を得ました.1989年にWittenはChern--Simons汎関数を作用とする経路積分の形で,結び目と3次元多様体の不変量の物理的解釈を与えました.Kontsevichは,Wittenの仕事を背景として,結び目の `ユニヴァーサルな量子不変量' を発見しました.こうして結び目の不変量に関し,量子不変量,有限型不変量,Kontsevich不変量からなる枠組みが完成しました.

結び目の不変量に関する上述の枠組みの類似を3次元多様体の不変量に対してあてはめるのはまさに自然な展開であり,90年代の数学のひとつの大きな流れとなりました.大槻氏はこの分野で,類いまれな計算力を駆使し,以下に述べるような極めて基本的な貢献をされました.

大槻氏はまず整係数ホモロジー3球面について有限型不変量の概念を定義しました.これはVassilievによる結び目についての有限型不変量の定義において,`交点の入れ替え' を `Dehn手術' により置き換えたものであります.Casson不変量は最も簡単な有限型不変量でありますが,そのことも大槻氏により示されています.また大槻氏は,Chern--Simons理論の摂動展開の数学的構成を目指す過程で,村上斉氏の仕事をきっかけとして,量子 $SO(3)$ 不変量の漸近展開を構成することに成功しました.その係数は大槻氏の意味での有限型不変量になることが後に証明されました.この量は現在Ohtsuki不変量と呼ばれています.この仕事をきっかけとして有限型不変量の研究が盛んになり,大槻氏はこの分野のパイオニアとして国際的に高く評価されています.

さらに大槻氏は,Leおよび村上順の両氏とともに,Kontsevich不変量を用いて3次元多様体のユニヴァーサルな摂動的量子不変量を3価グラフの有理係数無限線型和に値をもつ不変量として構成し,量子不変量の研究に重要な一歩を記しました.この不変量は,いまでは,Le, Murakami, Ohtsukiの頭文字をとったLMO不変量という名のもとに世界的に定着し,多くの研究者に研究課題を提供しています.LMO不変量を分配関数とする位相的場の理論も村上順氏との共同研究で与えられました.

以上のように,大槻氏は,Jones多項式にはじまる結び目の量子不変量の研究を最も普遍的な形で3次元多様体の場合に移行させ,3次元多様体の量子不変量の理論に大きな統一的な見通しを与えたといえます.このように同氏の研究業績は顕著なものであり,2003年度日本数学会賞春季賞を授与するにふさわしいものであります.

日本数学会
理事長 楠岡 成雄


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最終更新日: Nov 11, 2016