2012年度日本数学会賞秋季賞
中尾 充宏(佐世保工業高等専門学校)
精度保証付き数値計算の研究及びその偏微分方程式への応用

中尾充宏氏の専門は数値解析,特に精度保証付き数値計算と計算機援用証明の 研究であり,偏微分方程式の精度保証法という一つの分野を創成したことにより 世界的に知られています.最近では流体問題への応用に精力的に取り組まれ, 数多くの成果を挙げられています.

‘精度保証付き数値計算’とは,与えられた数学上の問題に対し,その解の存在 範囲もしくは一意存在の範囲を,コンピュータを用いて数学的な意味で厳密に特 定する算法のことです.したがって,数値計算の品質を保証する‘究極の検 算’という側面を持ちます.一方で,精度保証付き数値計算を,解の存在その ものが数学的に示されていない問題に対して適用すると,数値的に得られた近似 解の厳密な誤差限界が得られるだけでなく,真の解の存在もしくは一意性が証 明されることになります.その意味で,精度保証付き計算は‘計算機援用証 明’の一種とみなすこともでき,その側面を強調するときには‘数値的検証 法’と呼ばれることもあります.

精度保証付き数値計算は,近年の計算機技術のめざましい発展と相まって,ここ 30年で開拓された新しい学問です.中尾充宏氏は,偏微分方程式のガレルキン 近似に関する誤差評価の研究により学位を取得した後,その草創期である1980年 代半ばから精度保証付き数値計算の重要性に着目し,主として偏微分方程式に対 する解の存在をコンピュータにより立証する,という研究姿勢のもとに常に世 界に先駆けた研究業績を挙げ続けてこられました.

偏微分方程式の解の存在証明は,理論上も応用上も重要な研究課題です.しか し多くの場合,これを解析的に行うには困難がともなうことがよく知られていま す.中尾氏が計算機援用証明の研究に興味を持たれた当時,既に一部の常微分 方程式の初期値問題や積分方程式に対する精度保証付き数値計算法は提案されて いました.しかし,既存の手法を偏微分方程式に拡張するには,解の存在範囲 を特定する区間の微分不能性という問題により,一般には無理があることが知ら れていました.

中尾氏は,そうした困難を克服し,偏微分方程式に対する精度保証法を創り出しました. それは,

という特徴を持つ画期的なものでした.このことにより,区間の微分不能性の 難点も解消され,また同時にその特徴も有効活用できるなど,自然な形でコン ピュータによる解の存在検証アルゴリズムの構築が可能となりました.この着 想はまったく中尾氏の独創であります.その後の研究により,従来からある偏微分方程 式の近似解法との親和性も優れ,かつ汎用性にも富んだ検証法であること が明らかとなりました.

楕円型方程式への適用からはじまった中尾氏の精度保証法の研究は,その後さま ざまな方程式やシチュエーションに対応すべく発展をとげ,反応拡散方程式・固 有値問題・自由境界問題・初期値問題・逆問題など数多くの問題に対して 検証成果が得られています.また,時間発展型の偏微分方程式への適用にも 成功しています.これらの技法は‘中尾理論’と呼ばれる体系を成し, 今日では計算機援用証明のもっとも重要な統括的方法論の一つとなっています.

近年,中尾氏は,Navier--Stokes方程式及びそれから派生するさまざまな流体 方程式に自身の理論が適用可能であることを実際に示し,ついにはNavier--Stokes 方程式の分岐解及び分岐点自身の存在証明に成功するなど,その研究成果は強 いインパクトを与え続けています.

以上のような,中尾氏の精度保証付き数値計算の研究と偏微分方程式への応用に 対する深い成果は,2012年度日本数学会賞秋季賞に誠に相応しいものであります.

日本数学会
理事長 宮岡 洋一


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最終更新日: Apr 03, 2013