2014年度日本数学会賞秋季賞
小薗英雄(早稲田大学理工学術院基幹理工学部)
非圧縮性ナビエ・ストークス方程式の定常・非定常流の調和解析的研究

非圧縮性ナビエ・ストークス方程式は,水や空気といった粘性流体の運動を記述する流体力学の基礎方程式として広く用いられている.しかし,その非線形性と非局所性により,数学的理解は多くの著名な数学者の努力にもかかわらず,未だに十分とはいえない.例えば,3次元流の場合,‘与えられた初速度を持つ滑らかな時間大域的な解がただひとつ存在するか’といった非定常流についての基本的な問題は,クレイ社のミレニアム問題のひとつとして,100万ドルの賞金が懸けられている.時間的に速度場が変化しない定常流に対しても,今もって難問がある.例えば‘有界領域で,与えられた速度場を境界値とするナビエ・ストークス方程式の定常解は存在するか’という,ルレイの問題と呼ばれる問題がある.

小薗英雄氏は定常流,非定常流どちらに対しても解の存在,安定性の問題を中心に,流体方程式の数学解析に大きく貢献してきた.その特徴はルベーグ空間や,ソボレフ空間というスケールで関数の滑らかさを計るだけにとどまらず,ベゾフ空間や,有界平均振動関数の空間などのスケールでより精密に計っていくことである.例えばミレニアム問題の解析で,仮に解がある時刻までしか存在しないとすると,どのような量がその時刻で無限大になっているかという問題が重要になるが,小薗氏は有界平均振動関数ノルムが無限大に発散することを示すなど,この問題に新たな展開を与えた.このとき確立した微分積分の不等式は,小薗・谷内の不等式として有名である.小薗氏の研究を契機に今日,このようなソボレフ空間より精密な関数空間を流体力学の方程式に用いることは標準的な手法となった.ナビエ・ストークス方程式の線形化方程式であるストークス方程式への貢献も大きい.例えば任意の領域でストークス方程式が解ける関数空間を発見したFarwig氏,Sohr氏とのActa Mathematicaに発表された共同研究も,非圧縮性ナビエ・ストークス方程式の基礎理論として定着しつつある.

このような実績をもとに,近年はルレイの問題の解明に大きく貢献した.Lerayは領域の‘境界の連結成分ごとに出入りする総流量がゼロ’となる境界値に対しては,解の存在を示したが,上の条件を単に‘境界を出入りする総流量がゼロ’という条件の下に置きかえた問題がルレイの問題である.ルレイの方法の鍵は境界上の速度場を,今日ルレイの不等式と呼ばれる条件を満たすように領域内に拡張することである.これが一般的には不可能であることを柳沢氏と共同で証明したことは画期的であった.またルレイの問題を扱うために必要な境界条件付のホッジ・小平型のベクトル場の分解定理をエル・ピー空間に拡張するなど,大きく貢献した.空間次元が2次元の場合,ルレイの問題はPileckasらによって最近解決されたが,3次元の場合の小薗氏らの結果は領域の摂動に対して安定な存在定理で,現在もこれを本質的に凌ぐ結果はない.

このほか,走化性生物の方程式等,他の発展方程式に対しても,関数の滑らかさをより精密に計る関数空間を導入することによって強力な結果を得るなど,その成果はナビエ・ストークス方程式にとどまらない.

このように,小薗氏の研究業績は日本数学会賞秋季賞を授与するに相応しいものである.

日本数学会
理事長 舟木 直久


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最終更新日: Apr 17, 2015