2003年度日本数学会賞秋季賞
有木 進(京都大学数理解析研究所)
岩堀--ヘッケ代数のモジュラー表現と量子群

複素ベクトル空間上での表現に比べ,標数が正の体上のベクトル空間での表現であるモジュラー表現は格段と難しく,あまり良く分かっていません.以下では,有限体F$_{q}$上の一般線形群 $GL_{n}($F$_{q})$ の$q$と素な素数$\ell$を標数に持つ体$k$上の既約表現を考えます.

一般に,有限群に対して,その標数$0$での既約表現のモジュラー簡約として標数$\ell$の表現が得られ,その表現の中の既約表現の重複度は,分解係数と呼ばれます.R. DipperとG. D. Jamesは,$q$-Schur代数と呼ばれる代数を導入し,$GL_{n}($F$_{q})$ の分解係数の問題が$q$-Schur代数に対する同様の問題と同値であることを示しました.また,$A$型の岩堀--ヘッケ代数における同様の問題ともほぼ同値であることも示しました.

さて,$q$が$k$の1の$e$乗根であるとき,複素数としての1の$e$乗根$\zeta$を取り,複素数体上の$\zeta$-Schur代数を考えます.このとき,$n$ $<$ $e \ell$ であれば2つのSchur代数に対する分解係数が等しいことがJamesにより予想されており,実際,$\ell$が十分に大きなときにはそうなっていることが分かっています.他方,複素数体上でのSchur代数は,$A$型の量子群でパラメーター$q$を1のべき根$\zeta$に取ったものとほぼ同じになります.しかし,量子群はパラメーターが1のべき根のときには半単純ではなく,このようにして問題を標数0に移しても解決は難しいと思われていました.ところが1996年A. LascouxとB. LeclercとJ.-Y. Thibonは,岩堀--ヘッケ代数に対する分解行列が,林孝宏により導入された量子群のFock表現の自然な基底と柏原--Lusztigの標準基底の間の変換行列により与えられると予想しました.有木氏はこのLascoux--Leclerc--Thibonの予想を実際に証明し,変換行列を具体的に計算することを可能にし,モジュラー表現論の研究に突破口を開きました.

なお,有木氏の研究は$A$型のヘッケ代数だけではなく他の型のヘッケ代数にも適用が可能であり,実際有木氏は他の型のヘッケ代数についても研究を行っています.また,有木氏の研究は,ヘッケ環のモジュラー表現をソリトン方程式や可解格子模型の表現論という全く異なるものと結びつけて新しい結果を得た点でも,高く評価されています.

このように,有木氏の研究は,モジュラー表現の理論に大躍進をもたらすと共に,ヘッケ環のモジュラー表現に新しい視点を導入した点でも顕著であり,2003年度日本数学会賞秋季賞を授与するにふさわしいものであります.

日本数学会
理事長 森田 康夫


日本数学会情報システム運用委員会
Copyright(C) 2016 Mathematical Society of Japan
最終更新日: Nov 11, 2016